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第26話 馬と私の、嘘のような本当のはなし

小説『私の馬』を書くにあたり、100頭以上の馬に会いにいった。
驚くほど、どの馬にも個性があり、それぞれの馬との思い出がある。
そのなかで、不思議な体験がいくつかあった。

『私の馬』9月19日発売  新潮社刊  装画:井田幸昌

◆小説『私の馬』発売記念noteトークイベント開催◆
川村元気×岸田奈美 「日常から物語を生みだす」
日時:9月24日(火)19:00〜(18:30 受付開始)
会場:note place東京都千代田区麹町6丁目6 -2 番町麹町ビルディング 7F JR 中央線・総武線、丸の内線『四ツ谷』駅 徒歩2分)
参加条件:川村元気「物語の部屋」のメンバーシップ会員(初月無料キャンペーン実施中!)と、岸田奈美「キナリ★マガジン」の購読者の方、限定のイベントとなります。
詳細は「【トークイベントのお知らせ】小説『私の馬』発売記念noteトークイベント 川村元気×岸田奈美 日常から物語を生みだす」をご覧ください。

↓お申し込みはこちら↓ ※応募締め切り9月15日(日)24:00

岩手、遠野で馬を引きながら一緒に山道を歩いた。
道の途中で、馬が立ち止まる。

日が暮れ始めていた。
焦れて、行くよ、と綱を引く。

けれども、500キロある巨体はテコでも動かない。
行こうよ! と声を張る。けれども馬は尻尾をのんびりと動かすばかりだ。

僕は諦めて、馬の体を撫でながら待った。
馬の様子をじっと見つめて、呼吸を合わせ、そろそろいいかなと心で会話し、気持ちが揃ったタイミングで声を掛けると、まるで体重がなくなったかのように軽く綱が引けて、馬が歩き出した。暮れなずんでいく森に吹き抜ける、心地よい風を感じた。

コミュニケーションの本質が身に染みた。
いかに僕たちが日常において、言葉で命令し、力づくで他人をコントロールしようとしているか。自分のペースで誰かを無理やり動かすことができると、勘違いしているか。

大切なのは、相手の様子をちゃんと見ること、気持ちが同じ方を向くまで待つこと。
それは馬も人間も同じなのではないかと思うようになった。

東京郊外の乗馬クラブで馬に乗った。
その馬はとても勘がよく、馬場をすいすいと進む。
右に行きたい時は手綱を右に、左に行きたい時は左に。
教わった通り手綱を動かすと、馬がそちらに進む。

馬と呼吸を合わせているうちに気づく。
右に行こうと僕が思うより”少し先に”馬が右に曲がっているのだ。
左に行こうと思うと、それより”少し先に”馬が左に曲がる。

そのうち、わからなくなってきた。
もしかして、僕が馬を動かしているのではなく、馬が僕の行きたい方向を決めているのではないかと。

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