経営に活かしたい先人の知恵…その44
◆組織を危うくする腐ったリンゴ◆
経営学者・ドラッカーは、リーダーにとって最良のテキストは、クセノポン(古代ギリシア・アテナイの軍人、著述家)の著書「アナバシス―敵中横断6000キロ」と「キュロスの教育」だと指摘している。私は2冊とも目を通したが、確かに経営に活かせる記述が多くあった。本稿では、チームプレーについてのキュロス(アケメネス朝ペルシアの建国者、紀元前600年頃~紀元前530年)の教えを紹介していきたい。
「数頭の馬が引く戦車は、鈍足な馬が中に入っていると、速く走れないし、御しがたい馬が繋がれていると、役に立たない。家でも悪い召使いたちがいると、よい家事ができないばかりでなく、むしろ召使いのいない方が被害は少なくなる。友人たちよ、以下のことをよく心得ておくのだ。悪人たちを除外すれば、既に悪に染まっている者たちも、悪から浄化されるだろう」(「キュロスの教育」より)。
キュロスの言葉は、現代社会で言われる「腐ったリンゴ」理論に通じるものがある。「腐ったリンゴ」とは、籠の中に一個の腐ったリンゴあると、他のリンゴも腐ってしまうことを意味しているが、社内に「腐ったリンゴ」が存在すれば、会社そのものが腐りかねない。この「腐ったリンゴ」の及ぼす悪影響について、興味深い研究結果がある
調査の対象となったのは、次の3タイプの腐ったリンゴ社員。即ち『怠け者』(やる気がなく、自分の役割を十分果たさない社員)、『周りを暗くする人」』(悲観的な意見や不満などのネガティブな感情を表に出すことの多い社員)、『無礼な人』(礼儀作法を守らない社員)。調査の結果分かったのは、これら3つのカテゴリーのいずれかに該当する社員が一人でもいると、チームのパフォーマンスが40%低下し、極めて優秀な社員がグループ内に複数いたとしても、たった一人の腐ったリンゴの悪影響を満足に払拭できないということだった(『「変化を嫌う人」を動かす』より)。
残念ながら、日本では社内に「腐ったリンゴ」的存在が多いとの指摘がある。ギャロップ社の調査によれば、日本のサラリーマンでやる気のある人間は6%にすぎず、やる気がない人間が70%、足を引っ張る人間が24%だという。同僚の足を引っ張る人間などいないと思いたいが、「他人の足を引っ張る男たち」の著者・河合薫氏のように、「足の引っ張り合いは、もはや『日本の伝統芸』」と指摘する人もいる。日本の生産性が低い一番の原因が、ここにあるのではないだろうか。
そこで、組織をリードする人間が第一に考えなくてはならないのは、従業員を腐らせないことだ。従業員は、情報を適切に与えられない上司の言行が主たる要因となって、モチベーションを下げているケースが多い。適切な情報提供、納得のできる上司の言行によって、モチベーションを上げることが求められる。
万が一「腐ったリンゴ」が出てしまったらどうすればいいのか。とりあえずは、同じチームには置かないようにし、それでも良くなる気配が見られなければ、厳しいようだが、組織内から退場してもらうしかない。「あなたの職場のイヤな奴」の著者・ロバート・サットン氏は、「腐ったリンゴは断じて許してはならない」と主張しているし、金融界には「悪貨は良貨を駆逐する」(グレシャムの法則)との言葉があるが、どうやらそれは人間界、動物界でも同じようだ。
ただ、日本の労働法は解雇については厳しい制約があるので、退場してもらう場合には、慎重にする必要がある。