経営に活かしたい先人の知恵…その40
◆過去の業績を現在の地位で報いてはならない◆
後継社長を対象にした勉強会『元気塾』を20年近く主宰しているが、メンバー共通の悩みの一つに、先代社長時代に幹部として会社を支えてくれた人材の処遇がある。過去の功労者にどう対処すればいいのか。私はその答えを『貞観政要』の中に見出し、アドバイスしている。
中国・唐の二代目皇帝太宗は、名君として知られているが、統治後10年余り経つと、幹部クラスの規律が緩んできたことを憂慮していた。そこで、その理由を臣下に聞いたところ、次のような答えが返ってきたという。
「かつて功績のあったものが、高い地位についていて、その地位に相応しい才能がないのに、権勢を奮っているからです。そういう人たちには、地位ではなく、礼儀と報酬で対応すればいいのです。高齢になってボケた人や、知恵の出ない人は、もはや何の益もなく、隠居させるべきです。そういう人たちが高い地位に居座って、若い能力ある人の邪魔をしているのは、事のほかよろしくありません」。
会社に貢献してくれたが、年齢とともに役割を果たせなくなる人がいる。そのような人たちを、そのまま放置しておくと、若い有能な人材が押さえつけられ、育ってこない。結果として組織の活力が失われていく。しかし、役に立たないからと言って、簡単に辞めさせてしまうと、現役の有能な人材も、自分の将来を案じてしまう。そうならないために隠居させればよいとの指摘だ。
日本にはかつて、家主が家督を譲って引退する「隠居制度」があった。隠居が登場する落語も数多い。隠居は仕事からは退くが、生活は保証されている。会社で過去に功労のあった人には、隠居して頂き、礼儀と、それなりの報酬で報いればよいのだ。
かつて私は、ある中堅企業の後継体制作りをお手伝いしたことがある。その際、私が進言したのは、功績のあった専務二人を子会社に転籍させることだった。向こう5年間は、それまでの年俸を保証するが、本社の仕事からは離れて頂く。両専務との交渉は私が行ったが、最初は猛烈に反発された。しかし、結局はその条件を受け入れて転籍してくださり、2,3年後にお目にかかったときは、今は楽でいいと、感謝されたものだ。両専務の場合は、決して役に立っていなかった訳ではない。ただ、実力のある人材であっても、そのまま幹部であり続けると、後継体制が機能しないことを懸念しての処置だった。自慢話めいて恐縮だが、この会社の事業承継は実にうまくいったと自負している。
また、星野リゾートの後継社長・星野佳路氏から、過去に功労のあった幹部の処遇に苦労された話を伺ったことがある。星野氏は、彼の祖父が軽井沢で始めた星野温泉ホテルの再建を託され、後継社長になられたが、幹部として現場をリードする人材がいなかった。そこで、友人、知人に頼み込み、家族ぐるみで軽井沢に来てもらい、一緒に再建に取り組んだのだった。結果、その人たちが活躍して、星野温泉ホテルの業績は伸びていったと聞く。
しかし、時間とともに、現場の社員たちから、「昔、社長が連れてきた仲のいい人たちが評価されている」といった不満の声が聞こえるようになってきたのだ。星野氏は当時を振り返り、「最初に改革に取り組んだ人たちは、自分たちが作った接客のあり方や仕組みなるものが、数字的に結果を出すと、それが正しい、それでいいと思い込み、そこで変革が止まってしまったのです」と話している。
顧客満足度が落ち込み始めたこともあり、過去に実績のあった人たちの評価を見直し、その後は、成果を出した人には、その都度一時金を出すことで報い、地位で報いることはしなくなった。
過去の業績に見合った報酬を、現在のポジションで払うことの弊害は実に大きいが、その事実に気づいていない経営者が多いのではないだろうか。