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経営に活かしたい先人の知恵…その55

◆現場に任せることで人は成長し組織は強くなる◆


 孫子は「君命は従うべきものだが、場合によっては反対した方がよいこともある」と言っている。戦いに際しては、融通無碍の戦術が勝利への道だと確信していた孫子だけに、現場の指揮は敵軍と自軍の指揮官の能力、兵士の力等に精通している現場のトップに任せるべきで、国のトップの命に反対することがあっても良いと指摘しているのだ。

 これは企業経営にも同じことが言え、経営上のあらゆる問題は、業種・業態を問わず、会社と外部(顧客・サプライヤー等)が接する現場に集約されてくる。現場は加えて、実践知の宝庫でもあるというのが、40年以上経営の現場を取材してきた私の実感だ。それだけに、現場のことは現場に任せて、解決策を考えてもらえばよい。

 実質的にバブルが崩壊した1993年までの日本企業は、現場の力が活かされていた。しかし、その後は「現場の力を活かすことを忘れて、日本の企業はダメになっていった」と指摘する識者も多い。私も同感だ。日本経済の復活を願うのなら、今一度、企業は現場の力を活かすことを真摯に考える必要がある。

 本社なり経営幹部の仕事は、現場に指示を出すことではない。現場で働く人たちの持てる能力を存分に発揮できるようにサポートするのが使命だ。財界総理と呼ばれた土光敏夫は、「本部は前線(現場)を振り向かせるな。前線は前に進むためにある」と常々口にしていた。

 現場に任せることで成功した例として、米マクドナルドが挙げられる。同社を率いたレイ・クロックは、「私は職権は一番下のレベルにいる人間の手にあるべきだと常に考えていた。店に一番近い立場にいる人間が、本部の指示を仰がずとも決断できるようにすべきなのだ。時には間違った決断をしてしまうこともあるだろうが、それが従業員と企業を共に成長させる唯一の方法だと考えている。押さえつけようとすれば、息が詰まってしまい、良い人材はよそへ流れていくだろう。マネジメントを最小に留めることで、最大の結果が生まれると信じていた。マクドナルドは、この規模の企業にしては珍しく、最も組織化されていない企業である」と、自著「成功はゴミ箱の中に」で書いている。

 ドン・キホーテ創業者の安田隆夫も任せることで成功を手にした経営者だ。1989年に1号店をスタートさせた同社は、今や海外を含めて740店舗展開し、2024年6月期の年商は2兆円を超えるまでになっている。創業期の安田は、自分の手法を従業員に教え込もうとしていた。しかし、いくら教えても指示通りにやってくれない。絶望的な気持ちになったことも一度や二度でないという。そこで打った手は、全面的に任せることだった。

 「これでダメならきっぱり諦めようと腹をくくり、『教える』のでなく、それと正反対のことをした。『自分でやらせた』のである。それも一部ではなく、全部任せた。従業員ごとに担当売場を決め、仕入れから陳列、値付け、販売まで全て『好きにやれ』と、思い切りよく丸投げした。結果、思わぬことが起こった。従業員たちは権限を委譲されたことで、自ら考え、判断し、行動し始めたのである。『任せたらちゃんと出来た』のである。もちろん、私と同じようにではないが、逆に私に出来なかったようなことが彼らには出来た」(安田隆夫著「運」)

 現場に任せることで人は成長し、組織は強くなるものだが、現実には指示・命令で人を動かそうとする管理職が多いように思える。残念でならない。

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