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経営に活かしたい先人の知恵…その43

◆コミュニケーションを考える◆


 お釈迦様は、相手が理解できる言葉を使って法を説かれた。農業に従事している人には、農業を話題にするなど、相手の認知能力に合わせて説法されたが、これは「対機説法」と呼ばれている。

 この「対機説法」にコミュニケーションの真髄があると私は考えているが、同様の考えを持っていたのが、経営学者のドラッカー氏だ。次のような言葉を残している。「プラトンの『パイドン』によれば、ソクラテスは『大工と話す時は、大工の言葉を使わなければ伝わらない』と説いた。コミュニケーションは、受け手の言葉を使わないと成立しない。受け手の経験にある言葉を使わなければ、説明しても通じない。経験のない言葉で話しても、理解されない」。その通りだろう。

 中間管理職の立場にある人たちから、「何回も同じことを説明しているのに理解されない。どうすれば…」といった質問をしばしば受けるが、その際、私は永守重信(日本電算・現ニデック)氏の以下の指摘を加えて、アドバイスするようにしている。

 「部下とはこれまでに何度かじっくりと腹を割って話し合ったから、俺の考え方や立場、方針などを理解してくれているはずだ、と考えているリーダーは多い。だが、私に言わせれば、これは完全な勘違いだ。生まれ育ってきた環境、受けてきた教育、経験してきたことなど、すべてが異なる他人同士が、二度や三度話し合ったくらいで、お互いを理解できるはずなどない。ならば、どうやってこのギャップを埋めるのか。これは、部下の耳にタコができるまで、同じことを繰り返しアナウンスし、リーダー自らも率先垂範で部下に手本を示す以外に道はない。要は、リーダーと部下の根比べなのである」。

 これら3人の教えは、認知科学の分野から見ても、的を射ているようだ。今井むつみ(認知科学者・慶応大学教授)氏は、近著「何回説明しても伝わらないのはなぜ起こるのか」において、その原因について、大意次のように解説している。

「猫と聞いて、自宅の猫をイメージする人もいれば、キティーを思い浮かべる人がいるように、私たちはそれぞれが『当たり前』を持っており、それは同じ訳ではない。こうしたことを念頭に置くと、『伝えたいことがうまく伝わらない』原因は、この『当たり前』の違いを超えることができないことと、言葉を発する側と受け取る側の『知識の枠組み』の違いにある。コミュニケーションにおいては、前提として、人は『言われたら分かる』訳ではないということを理解しなければならない」。

 言わんとすることをしっかりと相手に伝えるには、今井氏も指摘するように、まずは相手の「知識の枠組み」に合わせて話すこと。そして、なるべく多くの感覚を使えば人の記憶は容易になる、という脳科学の知見を生かし、同時に視覚にも訴える工夫をすること。伝えたいものによっては、嗅覚、味覚、触覚も効果的に使えるのかもしれない。最近では、動画で見せるのが効果的だという研究成果も発表されている。

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