2つの暗黙知
先日、「知的機動力の本質」という本を紹介した。アメリカ海兵隊の組織的特徴を、組織全体として暗黙知を取り込み無限の自己革新を実現し続ける「知的機動力モデル」の観点から説明した内容だ。
アメリカ海兵隊を理解する上では、「暗黙知」が間違いなくキーワードである。そこで、暗黙知という言葉を調べていたら、大崎 正瑠氏の「暗黙知を理解する」という論文に行き当たった。
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/500/1/jinbun127-04.pdf
この論文の概要は、末尾にChatGPTに読み込ませたサマリを添付したのでそちらを参照してほしい。注目すべきポイントは、ポランニーが本来指していた暗黙知は、表出も伝達不可能なものであるという指摘だ。
「知的機動力の本質」でいわれている「暗黙知」は、表出は難しくても伝達可能であることが前提として描かれている。例えば海兵隊では、将校達が半年間で300時間かけて各自の実体験を語り、現実のコンテキストで何が起きるか、どう対応すべきかのストックを増やし、個人の暗黙知を他者に伝達し、組織として暗黙知を蓄えるという方法が紹介されている。これは、個人の暗黙知はマニュアルのごとく容易に伝えられるものではなくても、方法と時間次第で伝達可能だという認識に基づいたものだ。
一方で、本論文でいう「暗黙知」は、いわばより狭義の暗黙知である。それは個人の身体に根差した知識であり、その人固有の知識だ。全く同じ経験をして、同じように知識を蓄える人間はいないため、この意味での暗黙知は各人に固有の知識ということになり、容易に他者へ伝達できない。
どちらも暗黙知だと捉えると、暗黙知には2段階あるということになる。他者に伝えられる暗黙知と、伝えることが非常に難しい暗黙知だ。前者は組織に実装したり、他者と同じように知識を得て適用できる可能性がある。一方で後者は、各人に固有の知識であり、独自性が高い。
暗黙知を扱う組織・個人としては、この2層構造を理解しておくことは重要だ。広義の暗黙知はなるべく表出しておく。狭義の暗黙知は個人に根差すものであるという前提で、その人自体をどう動かすかを考える。こういった使い分けが重要となる。
Title: Comprehending Tacit Knowledge (暗黙知を理解する)
Journal Name & Publication Year: 東京経済大学 人文自然科学論集 第127号, 2007年
First and Last Authors: Masaru Osaki
First Affiliations: Tokyo Keizai University
Abstract:
本論文は、マイケル・ポラニーが提唱した「暗黙知」についての研究を展開している。暗黙知は、認知や知識の枠組みを超えた次元に存在するため、明示することや伝達が難しい知識であるが、特に新しいスキルや創造性の源泉として重要な役割を果たしていると論じられる。
Background:
マイケル・ポラニー(Michael Polanyi)は、多分野にわたる研究業績を持つ天才科学者であり、彼の「暗黙知」(tacit knowledge)の概念は、科学や技術における認知の限界を超えるものとされる。暗黙知は無意識的に獲得され、他者に明確に伝達できない性質を持つ。このため、学習や創造性を支える知識として注目されている。
Methods:
ポラニーの暗黙知の理論を、経営学や工学で使用される解釈と比較検討する。暗黙知の3つの分類として「表出伝達可能知」「表出不可能だが伝達可能知」「表出伝達不可能知」が提示され、各々の役割が議論される。
Results:
暗黙知は、コミュニケーションやスキルの習得において大きな役割を果たしており、ポラニーの概念は主に表出できない身体知(体験知)として機能している。
経営学や工学における暗黙知は、ポラニーの定義と異なり、表出可能な知識として扱われることが多い。これは、実際にはポラニーの定義と矛盾するものである。
Discussion:
ポラニーの暗黙知は、認知の枠組みを超える無意識的な知識であり、特に創造的活動において重要な役割を果たす。一方で、経営学や工学で用いられる暗黙知は、表出可能な知識として解釈されることが多い。この違いを踏まえ、ポラニーの暗黙知が実際には個人の体験や身体に根ざしたものであり、簡単に外部に伝達できない特性を強調している。
Novelty compared to previous studies:
本研究は、ポラニーの暗黙知と経営学や工学での解釈の違いを明確にし、創造性や問題解決における暗黙知の役割を具体的に分析している。また、暗黙知が単なる技能ではなく、個人の身体に深く根ざした知識であることを強調する点に新規性がある。
Limitations:
暗黙知の性質上、具体的な研究方法やその全容を明らかにすることが難しい。また、異なる分野での解釈の違いを完全に解決することは困難である。
Potential Applications:
暗黙知の概念は、学習方法の改善や技能習得の促進、創造性を高める方法として応用が期待される。特に、経験や実践を通じて獲得される知識が重要視される分野(教育、技術、ビジネス、コミュニケーション)での活用が考えられる。