それでも俺は情に拘る
人間は情の生き物ではないだろうか。
「人という字は、人と人が支えあって出来ている」
という名言があるように、人は「情」で人と繋がり、助け合って生きている。誰かを好きになるのも情であろう。
コロナウィルスにより、様々な問題に直面した世間。社会は働き方を変えなければならなく、新しい波が押し寄せている。
会社や大学はリモートになり、飲食店はテイクアウトに本腰を入れるところが増えた。
目まぐるしく社会は変化していたが、それは一部の人にしか気づかれることは無かった。
しかしコロナウィルスにより、
「社会はこれからどんどん変化するぞ」と皆が気づき始め、社会の変化は加速する。
今まで煙たがられてきたクラウドファンディングでさえ、今では皆が使うツールになりつつある。
自分の家は代々自営業を営んでいる。
今22歳の僕はアルバイト兼経営スタッフとして店に携わっているワケだが。
今回のコロナ騒動により、今まで隠してきたメッキのようなモノが剥がれ、「そろそろやばいんじゃね?」という雰囲気が漂ってきた昨今。その雰囲気を感じた時には時すでに遅し。
気づいた時には大体「マジでやばいぞ」に変わっている。
祖母と経営について話し合う事は多く、「こうしたほうがいいのではないか」や「社会はこういう風に変化するのではないか」といつも話しているのだが、
「マジでやばいぞ」の雰囲気になると、「俺はこの店が好きなんだ」では乗り越えれない。それで乗り切れるなら苦労はしない。
今日も経営について祖母と話したが、「そんな情ばっかりじゃ乗り越えれない。綺麗事ばかり言ってられる状況じゃない」と考えを一蹴された。
「情」で乗り切れる事態ではないことは、100も承知している。多くの自営業の方は理解できるだろう。このコロナ騒動は決して好きだけで乗り越えられる状態ではない。
しかしながら、それでも僕は言いたい。それでも僕は「情」に拘りたい。
人は「情」でしか動けないのだ。
好きな気持ちあるからその人のために動くし、諦めたくな気持ちがあるから前を向いて走る。
好きな仕事じゃないとやる気にならないし、熱中できない。
好きという気持ちが行動を起こさせる
こんな時代になってしまったからこそ、「情」が大切なのだ。
僕は「情」がないと何も出来ない性格をしてる。
単純作業なんて出来やしない。「情」に触れ、自分の心が動かないとエンジンがかからない。
コロナによって、貧富の差は拡大する。会社は潰れ、ひとりじゃ乗り越えれないコトも増えてくる。だからこそ想いが必要であり、人と人が繋がっていかなきゃいけない。
コロナウィルスによって社会がどう変化するかなんてのは予測は難しい。だからこそ自分の中の信念、「情」を大切にして欲しい、大切にしようと思った。
まあ、にしても情だけでは乗り越えれないので、どうしようかとあたふたしてる22歳だ。
人生って面白い。
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