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心化粧26 —— 終点と始点



汽車が来た。
1両編成のキハ110。

思ったよりも多くの人が乗っていた。
僕もそれに続き、静かに車内へ足を踏み入れた。

ジョブズの作った板を眺めるのは少し飽きたので、
ポケットの中に入れてあった文庫本を取り出す。
ページはちょうど140ページほどに差し掛かっていた。

汽車が動き出す。
窓の外に映る風景と書物の文字を交互に眺め、
少し眠たげに、まどろみを帯びながら退屈な時間を過ごしていた。

茶色く濁ったような山と木々、畑。
冬の終わりが見え隠れする風景。

「彼は世の罪のために犠牲となる。」

汽車が次の駅に着くと、途端に多くの人が降りた。
ボックス席が空いたので、僕はそちらに移る。

「彼は貴重な石杖となる。」

汽車は再び動き出し、少しすると海が開けた。

「彼はつまづきと妨げとの石となる。」

ふと視線を海の方へやると、
少女とその父親が対面に座っていた。

少女は指で狐の形を作り、家芸で遊んでいた。
父親は静かに微笑んでいる。

「エルサレムはこの石の突き当たりを見渡す。」

彼女は小さな手を動かしながら、
パクパクと何かを食べる真似をする。

僕は書物に目を戻す。

「建築士はこの石を捨て去る。」

窓の外は、少し荒れた海。
海風が強く吹き、空には薄く雲が流れている。

「またこの石は大きな山となり、大地に満ちる。」

少女と父親は楽しそうに何かを話していた。
そのうち、「お母さんへのサプライズ」という言葉が耳に入る。

「神はこの石を墨の頭石とされる。」

少し眠くなってきた。
目を閉じ、しばらく微睡む。

ピンポン、ピンポン、ピンポン——
気がつけば、終点の到着を告げる音が響いていた。

「また石は隠して彼は捨てられ、否まれ、裏切られ。」

——終点。

僕はふと顔を上げ、窓の向こうを見る。
線路が、途切れている。

「線路は続くよ、どこまでも。」

そう教えられてきた。
僕もそう思っていた。

だけど、初めて線路の終わりを見た時の衝撃を、
今、まざまざと思い出している。

——線路は、終わるのだ。

久しぶりに、僕は「終わる線路」を見た。
ああ、ここが終点なんだ。

汽車を降り、改札へ向かう。
駅員に切符を渡し、門をくぐると、
目の前には広がる青い海。

本当に終点なんだな、と改めて思う。
この先に道はない。
ここが終わり。

カモメが鳴く。

「売られ、唾着せられ、撃たれ、あざけられ。」
「あらゆる仕方で苦しめられ、苦しみを飲まされ、刺され。」
「両手両足を貫かれ、殺され、その衣服はくじ引きされる。」

静かに歩を進めると、海が行く手を阻んだ。
——終点だ。
ここから先へは、もう行くことができない。

「彼はよみがえる。」

ふと振り返ると、そこには線路が続いていた。
終点は、始点だった。

線路はここで終わり、
しかしまたここから始まる。

汽車は、軌跡を引き返すように向こうへ過ぎ去っていった。

「神の右に座するため、天に登る。」

僕は、そこに立ち尽くしていた。
果てしなきこの地に、何があるのか。

終わりは、始まりだった。
ならば僕は、この場所から何を始めるのだろうか。

ひとまず、昼食をとることにしよう。

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