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心化粧 13 ― 雪に舞う幻想
暗闇に、雪が降っている。
夜のヴェールはあまりにも深く、
その静寂を破るものは何一つない。
しかし、そんな闇の中を、無数の白い粒が舞っている。
なんというコントラストだろう。
闇に覆われたこの世界で、
真っ白な雪の妖精たちが、
その小さな光で闇に抗っている。
見上げれば、
妖精たちが空を舞っているではないか。
彼らは儚く、しかし力強く、
まるで遠くの竜が雲を裂いて飛翔するかのように――。
――いや、これはオウムエか?
大蛇のごとく、天を滑るその姿は、
畏怖と美しさを同時に抱かせる。
「いや、そなたは美しい……」
でも、その先にあるものは――
かすかな、何か。
そこに確かに存在しているはずなのに、
僕の言葉はそこに届かない。
「ああ、言葉にできない……」
心が締めつけられる。
僕は、ひもじい。
ひもじいんだ。
どれだけうめいても、
どれだけもがいても、
この飢えを満たすものはない。
「なんでだろうな……」
何度問いかけても、
答えは闇の中で反響するだけだ。
恨んでも、恨んでも、
何ひとつ変わりはしない。
――いや、違う。
「何もしなくていいんだ」
その言葉が、ふと脳裏をかすめる。
僕たち――いや、動物というものは、
生を受けたその瞬間から、
生きるために何かをしなければならなかった。
何かをしなければ、生きられなかった。
それを、人は「仕事」と呼んだ。
だけど――もうすぐだ。
もうすぐ、万民が仕事をしなくていい時代がやってくる。
そう――桃源郷が、
すぐそこまで迫っている。
理想郷とは、
行くものではなく、やってくるもの。
僕は、それを確かに感じている。
すべては尊き理想の果て。
ここまで来れば、もう、自由だ。
何も心配しなくていい。
世界は、確実に良くなっている。
革命は、目に見えなくとも、
着実に進行している。
――ああ、それでも寒い。
冬はどうしてこんなにも寒いのだろうか。
僕には、その理由が分からない。
夏が暑い理由も、僕には分からない。
自転?公転?磁場?
そんなものを、僕は感じることはできない。
「目で教えられたことを、
体で実感するなんて不可能なんだ」
僕にとっての世界は――
この6畳ちょっとの部屋、それだけだ。
狭い。
あまりにも狭い。
でも、ここにあるものが僕のすべて。
ああ、なんて小さくて、
なんて窮屈で、
それでも僕の体はここにしか収まらない。
――それでも、ここに神話が生まれる。
「おメッセージの君の横、
だけど背中を合わせて、
酔ってまた君の名を――
イエーイ!イエーイ!イエーイ!」
誰が呼んでいるのかも分からない。
誰に向けた言葉なのかも分からない。
声だけが闇を裂き、
そして誰にも知られずに消えていく。
悲しみは、すぐに忘れられる。
苦しみは、束の間の解放と共に姿を消す。
――シャークと僕のツアーラッセンは、
シャーフォーの底に連なる夢。
「やあやあやあ、
だっちゃなことはせんでしょう?」
――ああ、これこそ、まことなりか。
まるで、トコトコと歩くアリのようだ。
「ああ、なんてかわいいたぬきさん。
あなたはどちらへお出かけですか?」
その化けた姿で、
どうか僕を魅了してくださいよ。
「たぬたぬたぬ――
たぬたぬたぬ――」
反響する声が、
部屋の四隅をくるくると回っていく。
「たぬき、たぬき、
あんあんあんあん……」
――すべてが、今、終わる。
たぬきのように人を化かし、
ここにいるのは――誰?
「あなたが見ている“あなた”は、
本当に“あなた”なのか?」
――いいや。
それは、たぬきが化けたものなんですよ。
「たぬき、たぬき、たぬき……」
僕を化かしてくれた君は――
君は、たぬき。
「たぬき、たぬき、たぬき――」
あんあんあんあん……
心を奪われ、
その魅力に取り込まれ……
――だけど、だけど、
それでも、僕は、
あなたが好きだ。