休職して、約3ヶ月経とうとしているが、脱げない先生という鎧
昨日、突然の頭痛と発熱。
回復してきたと思っていたけど、本当はまだ回復してないんじゃないかと少し考えた。
教員をしていると、休日に生徒とあうのは正直ちょっと嫌だ。
そんなこと気にせず「おうっ!」って自分から声をかけたり、気にしない先生ももちろんいる。
でも、わたしは、プライベートであうのは正直嫌だ。
プライベートと仕事の境がないくらい仕事はしているけど、プライベートで会うと、普段の自分からいっきに「先生」の自分に引き戻される感覚。
別に悪いこともしていないし、見られて困ることはないのだが、ちょっとめんどくささは感じている。
なるべく知り合いに合わないように、遠くに買い物にいく話はよく聞く。
子どもができると、勤務地は近い方がいい。
朝、保育園に預けてからいく通勤時間の短縮、熱などのお呼び出しのときすぐに駆けつけられる距離。
もちろんデメリットもある。
仕事とお母さんに戻るまでの時間が少ないこと、間に、スーパーなどワンクッションあると、ササッと買い物ができるといいなぁかな。
そして、何より、先生にとって職場が近いことは、休日に生徒と会う確率が高いということ。
家の前に、ちょうどいい散歩コースが広がっているが、学区が近いので休日には生徒も遊びにくる。仕事とプライベートは分けたい。だから、目の前にあっても、いくのを渋っていた時期がある。近所であるお祭りも、夫にお願いして、子どもを連れていってもらっていた。
転勤して、2〜3年経って、ようやく気にせず行けるようになった。
卒業生も出して、生徒に会う確率がグッと減ったというのもある。
何年も前に、ブレイブボードをサンタさんから息子がプレゼントされていた。少しだけ練習したが、そのまま眠っていた。
一緒に遊ぶ友達がとても上手で、息子がうまくなりたいと、最近、その散歩コースで息子と練習した。
あっという間にできるようになった。できるような年代に息子が成長したのか、それとも、もっと練習に付き合ってあげていればよかったのか、生徒に会うのが嫌で、散歩コースに行きたがらなかったから我慢させてたかなぁ、とちょっと考える。
休日に、先生に引き戻してくれるのは、教えている生徒だけではない。
お店の店員さんが卒業生だったというのもよくある。
年に何度かある先生方の飲み会でも、その飲み屋さんの店員が生徒だったことも何回もある。
卒業生と会うのは、嬉しさもある。元気にしていることと、さらに成長した生徒に会えるのは、素直に嬉しい。
でも、夫婦とも教員をしていると、お互いの生徒と卒業生がどんどん増えていき、なんだか生活範囲が狭まれる感覚も正直ある。
休日は、そんな思いでわたしは出かけたくないのだれど…
自分の子どもには関係ない。
家族で外食に行きたい、という。
わたしのことで我慢させるのも違う気がするし、今の状況もうまく説明できていない。しばらく、仕事を休むねってことだけ。
昨日は、息子の行事のあと、家族で食べて帰ることに。
お昼時、近くは嫌だなんてわがままも言えない。子どもたちは外食を楽しみにしている。
エレベーター付近で、生徒を見かける。
その時点で気持が沈む…。
お店に入ってからも知り合いはいないかキョロキョロ挙動不審だ。
ドリンクバーも持ってきて…ってお願い。
知ってる人に似ている人でもドキドキする。
狭い地域なので、知り合いを見かける。足早に、車に戻る。
食事の途中から、頭痛。
家に帰るとひどい頭痛。微熱。
早々と横にならせてもらった。
夜10時頃になると、回復した。
結局なんだったのかはわからない。
でもそういえば、休職前もよく微熱を出しては、横になっていたことを思い出した。
まとめ
なんでもかんでも、今の状況に結びつけるはよくないとわかっている。
今の心の状態がそうさせてしまうのか、そういうことを気にせずにはいられない性格が、今の心の状態にさせてしまっているのか、わからない。
休日まで着ている「先生という鎧」を脱ぎ捨てたいのは、わかっている。
でも、勝手に自分が着て勝手に窮屈だと思っているのか、それとも、結局着させられているのか、着るしかないのか、それもわからない。