傲慢と善良
お疲れ様です。
最近、運動をほとんどしていないせいか、筋肉が落ちて肉付きがよくなった気がします。
お風呂に入る際に脱衣所の鏡を見るたびに柔らかそうなお腹を見るようになってしまいました。
たまに1時間くらいの散歩には出かけるのですがそれだけでは消費しきれないカロリーを摂取しているみたいです笑
少し生活習慣を見直して、筋トレと軽いランニングを取り入れようと思います。もちろん体調と相談しながら少しずつはじめていきます。
自分の健康が長期的な得を生むと信じて。
今回の写真ですが、間に合うものが無かったのでダンダダンの招き猫描きました笑
下手な絵ですがちゃんとリスペクトはあるので温かくそっとしておいてください。。。
さて今回ですが、辻村深月さんの著書「傲慢と善良」の言葉を借りてこの言葉の深掘りを行いたいと思います。
映画化もされ、私は映画を見た後に本を読みました。内容に関してはネタバレにならない程度に触れていきますのでご安心ください。
あらすじ
マッチングアプリを使用した婚活が舞台のお話で、婚約まで進むも失踪してしまった相手(女性側)の過去を知ることで様々な事実を知る といったお話です。
その過程や事実を通して、人間って「傲慢さ」と「善良さ」を併せ持っているよねっていうメッセージが込められています。
善良
辞書で引いてみると、
性質のよいこと。素直で穏やかなど。 と出てきました。
人間のよくありそうな例で当てはまると、
親や先生の言うことに反発せず、言いつけを守ってレール通りの人生を歩むことがあると思います。
傲慢
辞書では、
おごり高ぶって人を侮り、自分本位に行動すさま。 と出てきました。
対義語としては「謙虚」という言葉があります。その逆と考えるとイメージしやすいですね。
例としては、
自分自身が一番正しいと思って、常に周りの人を小馬鹿にしているといったことがありそうです。
傲慢と善良
冒頭でこの二つを併せ持っていると言いましたが、自分のことを振り返ると「善良の裏側に傲慢さがある」といった表現の方がしっくりきました。著書の見解とは異なる部分もありますが私の考えを述べさせてください。
善良さの裏返しというと、傲慢な気持ちが根底にあるからこそいっけん素直そうな行動をしているといった見解になります。
例えると、上司の言うことを守り、善良な部下を演じることで贔屓目で判断されやすくなり、評価が付きやすくなる。といった感じでしょうか。とても腹黒いです。
でも少なからず、そういった感情はあるのではないでしょうか。
自称でのサバサバ系、清純派、イクメンなどなど
よくあるきれいな言葉の裏には周りからの評価を前提にした自分本位な感情があると思います。
自分も書いていてグサッときています。映画を見ていても思いました。ヒロインを演じている奈緒さんを見ながら苛立ちと同時に自分への自戒も感じました。
果たして、傲慢さを取り除いた純度100%の善良は存在するのでしょうか?
最終的な評価を決めるのは自分自身
傲慢な行動を取ってしまう裏側には、他人からの評価を気にしている側面があるのが大きいのでしょうか。自己評価制度でもあればこういった事態は避けられるのでしょうか。
それでも他人との比較が存在する以上無くならないと思います。比較は時には成長のキーとなる重要なものですからね。
そもそも他人が決めた評価って納得できますか?自己評価と一致していたら出来るのかも知れませんが、そのように他人をコントロールするのは自分をコントロールする以上に難しいと思います。それこそ人を侮っている傲慢さです。
なにが言いたいのかというと、最終的な評価や価値を決めるのは自分自身であるということです。残念ながら表向きの昇進昇格には繋がりませんが、自信には繋がります。それが自ずと結果を導いてくれます。長期的に見たらその方がよっぽど得です。
まとめ
ここまで偉そうに語ってきましたが、自分は全然出来ていません泣
そうありたいなっていう理想を綴りました。
共感していただいた方は一緒に頑張りましょう!
ここまでご覧いただきましてありがとうございました。