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薬好きの日本人

 社会保険料の増額が話題になるたびに、医者が薬を出し過ぎるのが悪いということを聞きますが、薬を処方しない医者には患者が寄り付かなくなるので、医者としても経営上の配慮から必要以上に薬を処方しているとも言われています。日本人は薬が好きなんですね。

 そんな薬好きの日本人は、江戸時代にオランダとの貿易でエジプトのミイラを輸入していました。江戸時代の日本人は、ミイラを粉にして薬として飲んでいたのだそうです。江戸時代に描かれた絵の中には、一般庶民がミイラの粉を飲んでいる様が描かれているものもあり、テレビ番組でその絵が紹介されていたと思います。粉薬を飲んでいた人たちが、その粉はミイラからできていることを知っていたかどうかは知りません。でも、その絵の中には説明書きとして「木乃伊」と書かれていました。

 ミイラを薬にしていたのに理由がなかったわけではないのです。エジプトで遺体をミイラにするには、まず、遺体が腐敗しないように遺体を薬液で処理し、それから布を巻いて作製します。その薬液は、薬草や蜜蜂のプロポリスから作られていたそうです。その薬液のおかげでミイラに薬効があったのですね。

 でも、そんな処理を施されるのは貴族たちの遺体であり、数は多くなかったのでしょう。江戸時代の間に薬効のあるミイラを消費し尽くし、ただ乾燥してミイラ化したエジプト庶民のミイラを輸入するところまでいったそうです(テレビ番組の中でそのように紹介されていました)。

 もちろん、オランダ商人にそんな薬効のないミイラの代金を払っていたわけです。ミイラだけに払っていたわけではないですが、江戸時代の間に日本国内で産出された銀6600トンのうち4000トンが、輸入した文物の代金として日本国外に流出したそうです(エネルギー・資源、第10巻第1号、1989、p. 32-38)。

 この傾向は、現在も変わらず、医薬品の貿易赤字は続いており、2022年(令和4年)では約4.6兆円の赤字だそうです(2023.4.23付け産経新聞より)。日本の製薬企業の開発力が低いことが原因としてあげられますが、日本では国が薬価を決定するため薬価が比較的に低めに抑えられ、製薬企業が研究開発費として十分な額の金銭を確保するのに苦労するということが低い開発力の一因とも考えられます。

 もちろん、日本で使用されているあらゆる種類の医薬品を全て国産でそろえることは無理があります。例えば、特許切れになっているために薬価が安く、日本国内で生産すると利益が出ない種類の薬は多いでしょう。なので、多少の貿易赤字は仕方がないことなのかもしれません。

 別の話になりますが、必要がない薬を処方しないことも大事です。必要がない薬の処方の一例が、風邪やインフルエンザの患者への抗菌剤(抗生物質)の処方です。抗生物質は、細菌の増殖を抑える物質です。細菌が原因の病気には、細菌性の肺炎、結核、中耳炎、尿路感染症、細菌性の食中毒等が挙げられます。これに対し、風邪やインフルエンザはウイルスが原因の病気です。

 中学生か高校生のときに習うことなので、覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、細菌は原核生物といいます。白癬菌やカンジダのような真菌や人間は真核生物に含まれます。抗生物質は、原核生物の生育に必須の細胞中の酵素に作用することにより、原核生物の生育を阻害する特性を持っています。原核生物の細胞の構成とその部品は、真核生物のものと大きく異なるため、私たちは副作用をあまり気にせずに抗生物質を細菌性の病気の治療に用いることができるのです。

 ウイルスは、感染した細胞の中にある酵素も利用してウイルスのコピーを作らせるため、ウイルス性の病気の患者が抗生物質を飲んでも無意味なのです。逆に、間違った抗生物質の利用は、薬剤耐性細菌の出現を促進し、利用できる抗生物質の種類が少なくなる原因となってしまいます。

 私は、私たちには過剰な薬の利用を控えて医薬品の貿易赤字を減らすと共に医薬品の利用可能性を確保できるように薬についてのリテラシーを高める必要があると考えます。