最後に救ったのは
「真剣にやってください」
映画「ハドソン川の奇跡」(クリント・イーストウッド監督)で、機長のチェスリー・サレンバーガー(サリー=トム・ハンクス)が鋭い言葉を突きつける。公聴会の出席者たちは凍りつく。
公聴会で事故調査委員会がシミュレーションを上映した直後のことだ。離陸直後のバードストライクで両方のエンジンが止まり、地表の市街地が接近する。空港に引き返すには高度が足りず、サリーは目の前を流れるハドソン川への着水を成功させた。
しかしシミュレーションは、事故の直後すぐに方向転換すれば近くにある二つの空港どちらへも着陸が可能だった、というものだった。もしこれが認められてしまえば、155人の命を救った英雄は一日にして犯罪者になってしまう。
サリーは一切ひるむことなく、シミュレーション映像を「真剣に」と一刀両断する。
その前段、サリーは不審なほどナイーブだった。テレビは事故の直後から「奇跡」だと囃し立て、サリーを「英雄」と呼んだ。しかし本人に一切浮かれた素振りはない。事故の時、淡々と的確な判断を下し続けた緊張の糸は何日も切れず、それどころか事故の後の方が神経質になっているようにも見えた。
その意味は、公聴会が始まるとわかった。
英雄は同時に容疑者でもある、とはこういうことなのだろう。
旅客機が市街地上空、低高度で突然、推力を完全に失うという誰も経験したことがないであろう状態で、誰も下したことがない判断を次々に求められる。そこで導いた結論が本当に正しかったのか、誰にも分からないのだ。
英雄が最後に救わねばならなかったのは、自分だった。