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日常をプロジェクト化する

 児童センターの運営会議に参加した。こうした社会教育施設や宮崎県の委員会の委員をいくつかしているが、大学の教員は有識者という位置づけで、会長や委員長になり、司会進行をすることが多い。この児童センターでは、まちづくり協議会の会長が司会進行役をしているので、一委員という参加の仕方であり、意見を言いやすい位置にいる。

 「事業」という概念が気になった。この児童センターでは、月に4回ほど事業が計画され、実施されている。さまざまゲストが来て、多彩なメニューにあふれている。

 この児童センターは、学校に隣接しているというのもあり、コロナ禍前は毎日100名、現在も50名の利用がある。児童クラブを利用している子どもではない。子どもたちは、学校が終わると、児童センターに来て、宿題をして、将棋やオセロで遊んだり、外で遊具で遊んだり、虫を追いかけたりして、時間までめいいっぱい遊んでいる。

 たとえば、日々している将棋を見える化すると子どもたちはリーグ戦をしたり、トーナメント戦をしたりしないだろうか。子どもたちが立ち上げたプロジェクトを、きっかけをつくったという点で、児童センターの「事業」と呼んではいけないのだろうか。

 あるいは、トランプや将棋、オセロといった遊具ではなく、積み木や型はめ、立体パズル、QUATRO、GRAVITY MAZE、QUORIDOR KIDSなどで遊ぶことは、プログラミング・プロジェクトと呼んではいけないのだろうか。

 おとなが計画し、準備し、子どもたちを体験させる。そうした活動だけを「事業」と呼ぶのではなく、子どもたちの日常を変化させたり、協働をつくり出したり、意味を持つ活動にすることを構想してはどうかと考えたのである。


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