135_Bob Marley & the Wailers「Legend」

（前回からの続き）

僕のような年齢の人間が学校に行かないと、何もやることがない。ただ僕は家でずっと引きこもって、インターネットだけやっているという人間でもない。掲示板とかにくだらないことを書き込んだりすることに価値を見出せない。

僕という人間ができる何かしら、価値のあることがしたかった。しかし、一般的に世間でいう価値のあることというものは、学校での部活や友達との思い出作りだということなんだろうか。

部屋で一人で机の上にいると、一体、僕は今何をやっているのだろうという気持ちになる。これは自分で決めたことだと言いつつ、あとあとの人生で自分が後悔する時がやってくるのだろうか。果てのない浪費をしているのかもしれない。仮に後悔する時がくるとして、その時の自分は一体何者になっているのだろうか。これから、どうなってしまうのだろうか。

ダメだ。家にいると、どうにかなってしまいそうになるので、母の目を盗んで、僕はこっそりと部屋から玄関に抜けて外に出て、駅前をぶらついていた。平日のこの時間帯にいると、警察官だとかが変な目で僕を見てくるので、駅の中でもあまり人の寄り付かなそうなスペースだとかに、極力僕は一つの場所でずっと佇んで本を読んだりして、お腹が空いたら家に帰るようにしていた。駅の屋上のは空中庭園のように整備された区画があり、そこが最近の僕にとってお気に入りの場所だった。

持ってきた本とか詩集なんかもあらかた読み終えてしまって、さあこのあと今日はどうやって時間を潰そうか、などとぼんやり考えていた時に、二人組の年配の女性の姿が僕の目に止まった。彼女たちは僕の存在を遠目で見ていたようで、ゆっくりと近付いてくる。僕は少しばかり警戒した。

「ごめんなさいね、あなた、どうしたの、こんなところで。学校はどうしたの」

うわ、めんどくさいな、説教かな。一人で外にいると、こういうことがたまにある。僕はわかりやすく警戒した。女性のうち、背丈の小さな方が僕に怪訝な視線を送る。もう一人の背の高い女性の方はもう一方の女性に手を引かれているが、何も喋らないし、表情もまったく読み取れない。不気味だった。なんと言ったらいいのだろう、どんなことに対しても、上の空といった感じだ。

「いえ、いいわ、答えなくていいわ。今は、子どもにもいろいろあるからね」
「…。」
「悩みでもあるの？まあ、いいわ。それも、答えなくていい」
「何か御用ですか」
「わかったわ、あなた若いから痛いところとかもなさそうね。でも、おそらくここの中に何かあるのでしょう。じゃあ、とりあえず何も言わずに、少し目を瞑ってもらっていいかしら」
「え」

何を言っているのだろう、この人たちは。怪しいことこの上ない。僕は警戒した姿勢を崩さないが、彼女はゆっくりと目を閉じながら、こう呟く。

「私はこうやることでしか、できないから。あとは、自分で考えなさい」

そして、手を僕の顔の前にゆっくりかざした。僕は一瞬、何かされるんじゃないかと思って身構えたが、女性が目を瞑っているので、僕を攻撃したり、僕を触ろうとしているんじゃないことはわかった。そして、僕は何か抗い難く目に見えない力のようなものを感じて、自然と自分の瞼が下がっていくのを感じた。

なんなんだろう、不思議なものに邪魔されているのか、自分の目がどうしても開けられない。しかしなぜかもうここはこの力に身を任せるしかない、という心持ちとなって抵抗することをやめた。

おそらく、今僕の顔の前に彼女が手をかざしているのだろう。駅の屋上のあまり人の寄り付かないスペースとはいえ、こんなところを他の誰かに見られてはいないだろうか。一番最悪のケースとして、学校の同級生に目撃されることだろうけど、そんな心配をする必要はないのかもしれない。

手から何か出ているのだろうか。ハンドパワーみたいなものなのかもしれない。心の底では、おいおいこういった類のものはどうにも信用できないぞ、という声が聞こえる。まあいいや、終わった後で「どうだった、何か感じた？」とか言われても「なんにも感じません」とでも言ってやろうか。

しかし、僕が静かに目を瞑っている間、心が穏やかにしていることができず、いろんな考えがグルグルと頭の中を回り出す。まるで木の下でグルグルと回っているうちにバターになってしまった数匹の虎のように。女性にかざされた手に自分が反応しているのかどうかはわからない。

学校の同級生のこと、メソメソと泣く母親の姿、無関心な父、将来の自分、やりたいこと、やらなければいけないこと、自分にとって価値の有ることや無いこと、明日のこと、過去のこと、それらを取り巻く全て。上から絶え間なく注がれていくうちに、結局抱えきれなれなくて僕という器から溢れ出してしまった、僕の周りの全て。

でも、僕はもう溢れてしまったものをまた元に戻そうなどとは思わないのだ。それはそうすることを、僕が決めたんだ。あの場所には、僕は決して戻らない。だからやめてくれ、僕に押し付けるのは。自由にさせてくれ、どうなったっていいんだ、全て。

その時、パッと僕の意識の中で緑の蛍光色のオーロラのような光の筋が拡がったような気がした。目を閉じている僕は圧倒された。何かに気圧されたけれど、だがそれは見たことのないどこか温かい光だったような気がする。一体これはなんなんだろうか。ぼんやりとその光を見つめていると、やがてはなにか一つのものを形作っていくような気がする。

「はい、いいわよ。ごめんね時間を取らせて」
「…。」

女性の声で急に覚醒を促された、僕はゆっくりと目を開けた。いつの間にか、女性は僕の顔の前から手を離している。おそらく目を瞑っていた時間など、ほんの５分にも満たないだろうが、僕にとって悠久の時の流れを経たように感じられた。そしてしばし呆然として、言葉を失っていた。

「何をしたんですか」
「力を送ったのよ、それだけ。何か感じたかもしれないし、何も感じなかったかもしない。まあ、いろいろとあなたも大変でしょうけど、まああまり気負わずにね」

彼女は言葉少なげにその場を離れる準備をした。結局、もう一人の背の高い年配の女性はこのあいだ、一言も発さなかった。僕が見たあの光はなんなんだろう、結局あの人たちは一体何がしたいんだ、この僕に。

そして、なぜ僕はこの場所にいるんだろう。僕は自分のいる場所が、自分の立っている床以外が、全て崩れ落ちていくような感覚に陥った。