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147_Breakbot「By Your Side」

「誰かメシ行かへんかー うまい蕎麦屋見つけてんけど」
気づいたら、PCのスクリーンの端っこにピコンと通知が来ている。社内チャットにいつもの関西弁のフランクなメッセージが入っている。社長だ。

画面の前で、作業に集中しすぎていたが、時計を見たらもう昼の12時を過ぎている。
「いきまーす そば美味しそう😀」
「すいません、作業あるんで今日はパスで〜」
社長のカジュアルな誘いに対して、チャット欄に社員からの簡単なメッセージが埋まってきた。僕はどうしようか、迷った。この会社に入って一番面食らったことは、こんな風に社内チャットで常日頃からコミュニケーションが行われていることだった。しかも、社長(と言っても僕とそんなに歳は変わらない)から毎日、昼飯の誘いがくるのだ。正直、いまだにこの会社のこういった空気感というものに慣れていない。そう、どちらかというと会社というより、学校の部活みたいなものに近い気がしていた。

僕は少し迷ったが、少し作業の息抜きをしたい気持ちもあった。
「行きます」
チャットには簡潔に、こう返しておいた。
「ほな、じゃ、もうあと5分ちょっとしたら行こか〜 駅前の商店街の向かいに見つけた店やねん」
社長からのメッセージが入る。僕はサイフを探したが、少し迷いがあった。サイフを持っていくべきかなのかどうか。いつもこうやって社長の誘いで食べにいくご飯に関しては、社長がいつもみんなの分のお金を出してくれるのだ。でも、奢ってもらう前提とはいえ、サイフを持っていかない、というのも社員の姿勢としてどうかと思う。そんなちょっとした逡巡もあり、結局チノパンのお尻ポケットにサイフを突っ込んで僕は席を立った。

オフィスを出たら、外には何人か集まっている。社長が皆の人数を確認している。
「ええっと、全員揃ったか〜?ほな、いこか」
社長は店に行く途中も、隣の社員と話っぱなしだ。身振り手振り交えて、仕事の話なのか、全く関係のない話をしているのか、何かで盛り上がっている。
「いやあ、だからあん時はホンマ困ったやけど、まあなるようにしかならんからなあ、って思て」
店に着いて、席に座ってからも、ずっと社長の話が続いていた。だいたい一日中こんな感じだ。よくそんなに喋ることがあるなと感心している。関西人はみんなそうなのだろうか。僕はちょうど4人席で社長と対面になってしまい、少し緊張もしたが、社長の冗談でいつも通り場が和んだ。

一通り、皆がそばを注文して、社長がおしぼりで顔を拭きながら、僕の顔をみた。
「中川くん、うちの会社って、もう慣れたん?」
「ええ、まあ。なんとなくは…」
「まあ、ちょっとずつでええよ。うちの会社変わってるからな。まずもう社長がこんなんやから。そのうち、自分のペースみたいなもんもわかってくるし。なんか、ようわからんことあったら、すぐにゆうてな」
「ありがとうございます」
「んでな、話変わるんやけど、この前行ったタイの話なんやけどな…」
それから社長は、先月行ってきたタイのパタヤビーチでのホテルでの失敗談を話し、周りの社員とひとしきり盛り上がっていた。彼の周りには人と笑い声が絶えない。なんとも不思議な社長である。

僕は大学の文学部を出ても、どうしても小説家の夢が諦めきれずにいた。ただ親からも就職くらいはしろと言われていた手前、適当に入った会社が運悪くブラック企業だった。長時間労働に耐えかねて、心療内科にかかり、うつ病の診断書を叩きつけて、3ヶ月ほどでその会社を辞めた。

そこから、僕は再び小説家になるために、家に籠ってずっとブログを書いてきた。しかし、結果はあまり芳しいものではなかった。ブログで収入を得ようとすると、閲覧数を集めたり商品を売りつけるために、どうしてもそれに特化した内容を書いていかないと立ち行かない。しかし、それは自分の書きたい内容とは当然相反するものだった。僕は再び行き詰まった。

どうしても東京で一人暮らししていくためには、絶対的に生活費が足りない。仕方ないので、僕は転職サイトで偶然見かけたこのネット広告の会社に応募したら、すぐにオンラインで面接しましょうというメールがきた。その時から、えらい早い対応だなと思った。

「どうも、小牧ですう〜」
「中川と申し上げます。どうぞよろしくお願いします」
「あ、そんなホンマ緊張せんでいいですよ、いつも通り喋ってもらえたらええんで。そんでなんですけど」
「あ、はい」
「うち、まあ、ネット広告の会社なんですけど、ちょうど、先週、ライティングできる子が辞めてもうて。まあその子めっちゃ文章上手いから、ブログとかでもう自分で食っていけるくらい稼いでもうてらしくてね。そしたら、僕に、いきなりこう言うてきたんですよ。あの社長、もう僕これで食うていきますから、解釈辞めますわ、ゆうて。おう、ホンマか、お前、そんなん急に言われたら、寂しなるわいうて」
「は、はあ」
「いやでも、僕もね、いっつも会社の社員には言うてはいるんですよ、いつまでもこの会社に縛られとく必要はないで、一人で生きていけるようになったら、自由にやっていったらええで、って。まあ自分もそうやってガムシャラ若いころやってきて、この会社を立ち上げてきたんでね、まだまだ若い会社やけど、今はホンマええ子ばっか会社に集まってもろて、感謝せなあかんなって思うとこなんやけど」

僕は画面の目の前の人の喋ることが飲み込めずにいた。まず面接だと言うのに、面接官が一方的にマシンガントークで喋り続けている。それを自分が画面上で延々と聞いている。なんとも不思議な面接だった。それよりも驚いたことが、自分の面接をしているのが、単なる人事担当者ではなく、この会社の社長だということにも。(年齢や風貌から見てもとてもそんな風に見えない)
「あ、そうそう、話が脱線してもうたけど、あの今、特にwebでライティングできるスキルのある子探しているんです。だから、ジブン、正味そこらへんとかどうなんかなって」

この「ジブン」というのは相手のこと(つまり僕)を指すんだろう。オンラインとはいえ、はじめて生の関西弁を聞くと、会話のテンポにうまく対応するのが難しく思えるが、自分の中でそこまで社長の言葉遣いに悪い感情はなかった。
「あの、私もブログをずっと書いてきましたし、そこまで収益に特化したものではなかったですが、そこそこの人には読んでもらえていました。御社の望むニーズに合わせたライティングについても十分に対応していけるつもりです」
「なるほど、そやね、うーん、あとね、どうしよっかな」
一瞬、あちらの反応が微妙に曇った。あまり僕の言葉が響かなかったか。

「君ね、人、好きか」
「人、ですか」
「そう、人」
僕は返答に迷った。自分の性根の話をすれば、どう考えても人付き合いが上手い方とはいえない。目の前の社長はどう見ても人好きのする人間だった。僕は好きです、と答えるべきかどうか一瞬迷った。だが、どうせ嘘はバレる。

「どちらとも言えません。というか、苦手な方です」
「そか、せやな。はい、じゃあ、わかりました」
ダメか。僕はこの関西弁の若い社長に少なからず好感を抱いていたので、学校の仲の良い友達に拒絶されたような、ズキっとした胸の疼きを感じた。

「はい、じゃあ、早速明日からお願いしますうー」
「え?」
僕は呆気に取られていた。
「いや、だから、お願いしますって。明日が無理やったら、明後日からでもええけど」
「あ、あの、採用ってことですか」
「そやで」
社長はあっけらかんと答えた。相変わらず事態が飲み込めない。僕は一瞬固まったが、とりあえずはお礼を述べることにした。
「ありがとうございます」
「おう、ほな、たのんます」
そこでめでたく採用となり、翌日にはこの会社で働き出していた。

後日、社長と飲みの場で話す機会があって、僕はその時の面接での一コマのことを改めて聞いたみた。
「あの時、僕に社長、人、好きかって聞いたじゃないですか。その時は僕はどちらかと言えば苦手ですって答えたんですよ」
「ああ、覚えとるよ」
「なんであんなこと聞いたんですか。それが何か僕を採る決め手とかになったんですかね」
「うーんとな、それな」
社長はビールのジョッキに口をつけながら、少し考えた素振りをした。そして、僕の目を見て話し出した。
「ジブン、まあ人付き合い苦手やろなって思っとったけどね。でも、ええのよ、僕なんかどう見ても、人間大好き派やろ。でも会社には僕とも違う人間も絶対に必要やねん。それは全然否定してなくて」
特に人の話をするときに、なんとなく社長の目が輝く。この人はモノの本質を捉えることに長けているのだ。

「なんやろな、人間、諦めが肝心っていうのもあってな。僕、人大好きです、人付き合い得意です、言うても、ずっと同じ人と人生一緒にいることもなくて、必ずどこかで離れていくことが付き物やと思うてるのよ。だから、社員のみんなには独り立ちできるようになったら、したらええよ、って言ってるし。もちろんずっと仲良いっていう人もいるから、まあそこは表裏一体いうのかな」
「わかります」
僕は頷く。

「いや、だから、コミニケーションを取れるに越したことはないけど、僕はそこまで人との付き合い方だけで、その人間の価値そのものが決まるものとも思ってないし。君のことは最初に話したときから、ああ、この子採ろうって思っとったしね。そういう意味も含めて君のことを見ている、というか。人は人でええから。うんと、話せば長なるな。ごめん、あと酒飲みすぎて、自分でも何を言うとるかわからんくなってきたわ」
社長の言わんとすることが少しわかるような気がした。僕は、この会社には、もう少し長くいれそうな気がしている。


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