1049_うすっぺらい人間
学生時代になんとなく癖のある奴がいた。たぶん、自分が賢い奴なんだと周りに思われたいのだろうか、自分が尊敬する哲学とか思想家の言うことをひけらかすような節があった。
「それはいわゆる、人間が持つ自己複製の欲求なんだよ。人は皆自分のコピーを作り出したいという抗いがたい衝動が備わっているんだ」
「人間はフィクション、つまり虚構を生み出しそれを信じることによって世界を支配することができたんだよ」
「科学と宗教はそれぞれ相反するものなんじゃなく、違う象限で併存しているものなんだ」
サークルの集まりの中で、彼がことあるごとにこんな感じで喋り始めると、またはじまったという空気感が周りにではじめる。彼の言っていることをまともに理解できる奴はいないとは思うのだが、おそらく皆これだけはなぜか理解している。
「あいつの言ってることはうすっぺらい」
彼が本当にそう思って、信じている言葉には思えないからだ。言うなれば、それらしいことをお化粧しているだけで、なんの中身も伴っていない。だから、彼が必死になればなるほど、まったく誰からも相手にされない結果に終わる。
なぜ、彼の言葉に重みがないのか、今ならわかる。彼も、もちろん僕らも若かったのだ。経験に裏付けされていない言葉は全てが軽い。彼は、本で得た知識だけでデコレーションしただけで、その芯にある彼自身の考えというものが存在しなかったのだ。
でも、そこまで言語化できなかったから、とりあえず皆彼のことは「意識高すぎ系」だとか、「とりあえず言ってることが薄っぺらい奴」としか認識されなかった。今、彼はいったい今を何をしているのだろう。高尚な言葉に違わぬ確固たる経験や信念を伴った大人になっているのだろうか。たまに彼の悦に浸った得意そうな表情を思い出す。