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169_石橋英子「Drive My Car Original Soundtrack」

夫がサービスエリアで車を止めてドアを開けた音で、ふと私は目を覚ました。いつの間にか車の中で寝ていたのだ。家族でキャンプに出かける準備で、私は朝早く起きて張り切ってご飯を作ったりバーベキューの準備をしたせいで、いつの前にか私は2歳になる秀一と後部座席でのんきに寝息を立てていた。運転手に比べれば、乗せられている者など気楽なものだ。ほとんど荷物と変わらない。

車好きの夫はとても車の運転が上手い。運転にかける気の使い方や注意力など、私などとても比べものにもならない。乗っている私たちをどこか不思議と安心させてくれる。このままこの人の運転する車に乗っていれば安心なんだ、という気持ちになる。家にいるときと気持ちは同じだ。

彼の人柄にも寄るのだろう。私は車のことはそこまで何もわからないが、彼が私たち家族を安全に運ぶために、いつも愛車のアルファードの手入れを欠かさず、細心の注意を持って運転をしていてくれるのがわかる。

彼の車に対する気のかけようは単なる移動手段や道具ではない。運転する夫の姿を見ているのも好きだった。「頼もしい」という言葉が似合うのだ。私たちを乗せた車を運転するとき、運転への注意にくわえて、家にいる普段の気の抜けたリラックスさを身に纏っていて、また違った表情をする。

車をどのように運転するかによって、その人の真の人間性が出るのだと前の職場の上司も言っていた。逆に車を運転するのを得意ではないし、なるべく避けたいという人もいる。うちの兄なんかそうだろう。男なんだからあなた運転が得意でしょ、なんて死んでも言われたくないなどとこぼしている。(昔、車好きの女性と付き合って運転が下手なのを揶揄されたことを今でも根に持っているらしい。父の血を受け継いではいないようだ)車を単なる移動手段ととらえるか、それとももっと違うなにかであるととらえるのか、その人それぞれによって異なる部分ではあるのかもしれない。

亡くなった私の父の姿と彼が重なるものがある。両親と私と弟、4人家族。夏休みは父の運転する年代ものの白い車に揺られてキャンプに行くのが恒例だった。父は本当に嬉しそうに車を運転し、キャンプ場では愛おしそうにひとりでアウトドアチェアに座り、木々が揺れるのを眺めながらタバコを吸っている。

家と車を並べた家族写真に写る父の姿。その時代においての幸せの象徴であるかのような組み合わせ。車に対して、その人それぞれの原風景というものがあるとすれば、私は父が愛したあの車だった。結局、父は孫の顔を見ずに、余命を宣告されてから、本当にあっという間に亡くなった。こんなこと言うのもなんだが、人の命というのはひどくあっけないものだ、と感じずにいられなかった。

夫は俺も少し眠たくなりそうだからコーヒーを買ってくると言って、出て行った。気付いたら、いつの間にか寝ていたと思っていた秀一が自分より体の大きい車のハンドルを小さい手で握っている。そしてたどたどしい手つきでハンドルを回そうとするが、当然車のエンジンは停止しているのでハンドルは重たくて動かない。ただ秀一の目つきは真っ直ぐ前を見つめて真剣そのものだ。その姿を見て私はおかしくなった。

この子もお父さんのように運転をしたいと言い出すのかしら。「ブーブー」は幼い秀一の心をとらえて離さないようだ。夫がコーヒーを手に持って帰ってきたのに、彼のことも視界に入らないようで、そのままずっと秀一はハンドルを手に持って離さない。
「この子、運転したそうよ」
「そうだね。じゃあ残りの運転、秀に代わってもらおうかな」
私と同様に夫から笑みが溢れる。子どもが車に興味があることが、とても嬉しいらしいことが伝わってくる。コーヒーを抱えたまま、車の外から小さな運転手のハンドルさばきを眺めていた。

「将来有望ね」
「安全運転じゃなきゃダメだぜ。ハンドルを握っていても、普段と変わらないようにしていないと」
「全然いつもと違う、真剣な顔だわ」
「不思議だね」
「あなたに似たのよ」
「そうかな」

ハンドルを握る真剣な表情の我が子。それを見やる夫の愛おしそうなその目が優しい。車に美しい夕日の光が差し込んで、写真にでも撮っておきたいほど輝かしい。その幸せな光景が私の胸を掴んで離さなかった。このままずっとこういう光景が続いてくれればいいと思った。父が家族を乗せて運んでくれたあの車のように、この車も家族をつなげてくれる魔法の乗り物だった。いつの間にか、これが私たち家族の原風景となりつつある。

幼い秀一の車好きは、夫から受け継いだものもあるかもしれないが、私を通して父から受け継いだものもあるのかもしれない。いや、できればそうあって欲しいと願っている。またこの子が成長して家族を持った時に、車を運転して家族をどこかに連れて行くのだろう。真剣な表情をしてハンドルを握って。できれば助手席で見ていたい、大人になった秀一が車を運転する横顔を。私は不思議な気持ちになった。

「よし、じゃあ行くか」
「秀、お父さんに運転代わろっか」
「うーうー」
まだハンドルから手を離さない、秀一を無理やりチャイルドシートに戻して、夫がエンジンキーに手をかける。暖かい振動が車と家族3人を包んでいる。ゆっくりと動き出す車の中で、またいつの間にか私も秀一も安寧な眠りの底に落ちていた。



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