風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第8話「探偵の危機! 装甲戦闘RV『ロシナンテ』緊急発進!」
「ビシッ!」「ビシッ!」
俺のベアリング指弾はバリーの両目を潰した… 筈だった。
だが、ヤツのグレーの目は瞬き一つしなかった。
他の人間には何が起こったか分かるまい…
俺の放った二発の指弾は狙いを外すことなくバリーの目に向かって飛んで行ったのだ。しかし、バリーの目を潰す直前にベアリング弾は二発とも、ライラの操る何かによって叩き落されたのだった。
ライラが俺を見つめて妖しく美しい顔で笑っていた。
「あら、あんた… 面白い技を使うのね。もう一度やって見る…? 何度やっても、私がこれで叩き落してあげるわよ。」
ライラは俺に自分が握った棒状の物を見せた。その棒は持ち手部分で、一方の先には革で編んだ長い鞭が付いていた。
信じられない事だが、ライラは俺の二発のベアリング指弾を鞭の一振りで叩き落してしまったのだった。
人間の動体視力と反射速度を遥かに凌駕する俺の目だからこそ、その高速で動く鞭の動きを捉えることが出来たが自分の目で見ても信じられなかった。
この数mの距離で放つ俺の指弾は、誇張では無く拳銃で発射された銃弾の速度に匹敵する。
ライラはそれを上回る速度で鞭を振り回し、正確に二発のベアリング弾を叩き落した… この女、正真正銘の化け物だ。
俺はどうやら二匹の化け物と戦う羽目になりそうだった。
だが、俺のいつもの悪い癖でピンチになればなるほど、にやけた面になっちまう… どうしようもなく悪い癖だった。
「チッ!」
俺のにやけた面を見とがめたライラは舌打ちをして、バリーに対して命令した。
「バリー! 目標変更だよ、そっちのにやけ面したふざけた野郎を先に殺っちまいな!」
「ブモーッ!」
無口なバリーは大きな牛の嘶きの様な声を発して、鳳 成治から俺の方に向きを変えた。
「来い、牛野郎っ! ビフテキにして食ってやるぜっ!」
俺には言わないでもいい言葉を、相手にぶつけて挑発してしまう悪癖もあったのだ。
怒り狂ったバリーは、それまでのゆっくりとした牛歩戦術をやめる事にしたらしい。猛スピードで俺に迫って来た。
まるで闘牛だな、と考えると同時に俺の身体は反応していた。
俺は真上に向かって、2m半もあるバリーを飛び越える高さまで一気に跳躍したのだ。バリーは俺のいた場所まで突進して、そこに俺がいないのに気が付いたようだ。
「遅いっ!」
俺は空中で縦に一回転した反動を加え、さらに右足の爪先に満身の力を込めた必殺の蹴りを、バリーの背中に炸裂させた。
熊をも蹴り殺す俺が、先の尖った鉄板を爪先に仕込んだ靴で容赦なく蹴り込んだのだ。
「グシュッ!」
俺の爪先はバリーの左肩甲骨の下に、拇趾の付け根辺りまで文字通り突き刺さった。
しかし、俺としては予想外だった。サッカーで言うバイシクルシュートの様な蹴りを、一回転する遠心力を加えて心臓まで達せよと放ったのだ。
俺は手加減するつもりなど考えもせずに、一撃でバリーを殺すつもりだったのだ…でないと間違いなく俺が反対に殺られる。
その俺の必殺の思いで放った蹴りが、バリーの余りにも強靭な筋肉のヨロイに吸収されてしまった。
コイツは正真正銘の化け物だ… 俺にしては珍しく少々ゾッとして鳥肌が立った。
しかし、さすがの怪物バリーもノーダメージと言う訳にはいかなかった様だった。まず片膝を地面に着き、続いて両手を着いた。
「へっ、ちょっとは効いてやがるな…」
俺はニヤリと笑ってつぶやいたが、少々まずい事に気が付いた。
右足がバリーの背中から抜けないのだ…
「うっ…」
バリーの奴、俺の右足が突き刺さったまま立ち上がりやがった…
「ダメだ… 抜けない…」
俺はバランスを失い、バリーの背中に右足を取られて逆さ吊りに引っ張り上げられてしまった。
だが俺も黙って逆さ吊りにされるほどお人よしでも無力でもない。俺は左足の爪先をバリーの首筋に力いっぱい蹴り込んだ。反動で右足はヤツの背中から抜けた。
これだって普通なら必殺の蹴りのはずだ… なのにコイツは倒れないばかりか、俺の左足首を右手でつかんで振り回しやがった。俺の身体は信じられない怪力で振り回されて、そのまま放り投げられた。
遠心力を使ったハンマー投げで投げられた俺は、空中で体勢を修正することも出来ないまま、庭に植えられていた大木の幹にそのまま腹から叩きつけられた。
「ぐおっ!」
「ベキバキッ!」
俺自身の肋骨の折れる嫌な音がした。
数本は折れたに違いなかった。しかも、その折れた肋骨の内の何本かは肺と他の内臓にも突き刺さったようだ…
「ゴフッ… ゴボッ…」
俺は口から血の泡を吹き出した。地面に落下した俺は、そのまま立ち上がれなかった。だが、バリーも俺の蹴りによるダメージを受けていた事から、その場に立ち尽くしたままだった。
ヤツより先に立ち上がらなければ… 俺は遠のきそうな意識の中で考えた。
ダメだ… 立てない…
俺は左腕に付けていたスマートウォッチを震える右手で操作して通信アプリを起動し、秘書の風祭聖子を呼び出した。
「どうしました、所長? 所長のバイタルが低下しています。何があったんですか? 千寿所長っ!」
聖子が心配してがなり立てていた。
「聞こえてるよ… 聖子君… 大きな声を出さないで、落ち着いて聞いてくれ… 『ロシナンテ』を戦闘モードで俺の所へ寄こしてくれ、大至急だ… 頼むよ…」
俺は消え入りそうな意識の中で聖子に告げた。
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「所長! しっかりして下さい、所長!」
ここは新宿カブキ町にある『wind festival』ビル2階の『千寿 理探偵事務所』である。
聖子は千寿 理のスマートウォッチから送られてくるバイタルサイン(生命兆候)が弱まっている事に焦っていた。
「所長の身に何が起こっているのかは分からないけど、とにかく『ロシナンテ』を所長の所に…」
聖子は事務所のパソコン上で馬のマークをした『ロシナンテ』のアイコンをクリックした。起動した『ロシナンテ』の操作アプリでエンジンを起動させる。
「『ロシナンテ』、エンジン始動!」
聖子が操作しているのは、パソコンで『ロシナンテ』を遠隔操縦出来るシステムだ。もちろん聖子が考案し開発したものである。このシステムさえあれば、事務所から無人の『ロシナンテ』を操作し運転する事も可能だった。
安倍神社の駐車場に停車していた『ロシナンテ』のエンジンが点火され動き出す。
「ブルルンッ! ギャリギャリギャリーッ!」
駐車場で急転回し、『ロシナンテ』が緊急発進した。
聖子は『ロシナンテ』に取り付けられたドライブレコーダー兼用の全周囲カメラと、千寿 理のスマートウォッチから送られてくるGPSの位置情報を使って『ロシナンテ』のカーナビゲーションシステムに目的地をインプットした。
後は『ロシナンテ』に組み込まれた完全自立型AIによる自動運転システムで、千寿 理の位置まで自動で行き着く事が出来る。
聖子はその間に『ロシナンテ』に仕組まれた別の機能をスタートさせた。
「所長に身の危険が迫るなんてよっぽどのことだわ… 『ロシナンテ』、フル装甲戦闘モード起動! 『Passenger seat キャノン』、スタンバイ!」
聖子の操作を受けた『ロシナンテ』は目的地に向かって走りながら、屋根に取り付けられたサンルーフを開放した。そして助手席のシートがモーター音と共に上方にせり上がってくる。
やがて完全に屋根の上にまで出た助手席シートは、折りたたんだ状態になってヘッドレスト部を前方に突き出した。
すると、今度はヘッドレストから二門の砲身がせり出して来た。
これが万能RV『ロシナンテ』の戦闘用主要装備の一つ、二連装の助手席砲(Passenger seat cannon)だった。
助手席砲(Passenger seat cannon)は30mm単砲身機関砲である『Passenger seat キャノン』と擲弾砲の『Passenger seat グレネードランチャー』の二門で構成されている。
そして走りながら『ロシナンテ』の天井部に仕込まれていたチタニウム合金製の装甲シャッターが降り、全ての窓を覆っていく。
これこそ、千寿 理専用フル装甲戦闘RV『ロシナンテ』の真の姿だった。
「もうすぐだわ… 急いでロシナンテ! 待ってて下さい、所長!」
聖子は千寿 理の無事を祈った。送られてくる彼のバイタルサイン(生命兆候)は低下し続けたままだった。
しかし、千寿 理を知り尽くしている聖子には疑問に思う事があった。
「今日は月齢13日で、そろそろ満月期に差し掛かるはず… 千寿所長は満月には文字通り不死身のスーパーマンになるはずなのに… それがどうして…?」
満月に不死身… それにスーパーマンとは… 風祭聖子は、いったい何を言っているのだろうか…?
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「来た… 『ロシナンテ』が…」
倒れていた俺の目に、バリーに半分引きちぎられた門を通してフル装甲戦闘RV『ロシナンテ』の雄姿が目に入った。
たった今、バリーも俺の攻撃からのダメージから回復したようだ。化け物め… あのダメージから数分で立ち直るなど信じられなかった。
だが、俺の方は月齢13日なのに一向に回復しないのは何故なんだ。いつものこの月齢時期ならとっくに俺も回復して2ラウンド目を戦闘可能なのに… いったい俺の身体はどうしたって言うんだ…?
「バリー! 何をそんな虫ケラ相手に手間取っているの? 早くとどめを刺しなさい!」
ライラの美しいが残虐で無慈悲な声が榊原家の庭中に響き渡った。
バリーがこっちに向かって歩き始めた。どうやらライラの命令通り、俺にとどめを刺す気らしい。
俺からライラの姿は見えなかった。つまりライラからも俺の姿は見えないはずだ… 俺はまだ握っていたベアリング弾の入った巾着袋から赤い玉を取り出した。
この動作だけでも辛かったが、俺は瀕死の力の全てを振り絞ってバリーに向けて赤玉を放った。上手くいった… 赤のベアリング弾がバリーの黒い皮のコートに食い込んだ。
「今だ! 聖子君… あの化け物をぶっ飛ばせ!」
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聖子は千寿 理からの声を聞いて安心した。
『ロシナンテ』のカメラで映し出された屋敷の庭園に、黒いコートを着た信じられないほど大きな男が歩いていた。その大男の向かう先には所長の千寿 理が地面に倒れている姿が映っていた。
「アイツが所長をあんな目に遭わせたのね… 許せない。ぶっ飛ばしてやるわ。まずは『Passenger seat キャノン』で30mm徹甲弾を単発で発射する!」
徹甲弾とは、装甲に穴をあけるために設計された砲弾の事だ。
聖子は画面に表示されている千寿 理が撃ち込んだ目印のポイント弾をロックオンし、パソコンのエンターキーを押した。
「ファイヤーッ!」
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「ドゴーン!」
俺の愛車…装甲戦闘RV『ロシナンテ』から30mm機関砲で徹甲弾が単発発射された。
門外にいる『ロシナンテ』からバリーへの距離は約30m… この距離なら俺の撃ち込んだポイント弾の目印から外すはずは無かった。
「バスッ!」
バリーの背中に30mm機関砲の大口径徹甲弾が命中した。だが、徹甲弾がヤツの身体を貫通する事は無かった。
しかも、バリーは衝撃で数歩よろめいたものの倒れなかった。さすがは化け物だ…相手にとって不足はない。
「ブモウッ!」
「ゴトッ…」
バリーが大きく吐き出した鼻息と共に、何かがヤツの着た黒のコートの隙間から地面に落ちた。
ヤツの背中にぶち込んだ30mm徹甲弾だった。
なんてこった… 腹圧と筋力で自分の背中から入った弾を外へ押し出しやがった…
バリーは後ろを振り返り、屋根に『Passenger seat キャノン』を装備した『ロシナンテ』を視認して身体の向きをそちらに変えた。『ロシナンテ』を敵と認識したのだろう。
「何なの、あのオモチャの車は? バリー、目障りだからスクラップにしなさい!」
ライラも『ロシナンテ』に目標を変えたようだ。だが俺の『ロシナンテ』をオモチャ呼ばわりしたのは許せない。コイツらに目にもの見せてやる。
「聖子君、あの化け物に30mm機関砲の単発砲撃では効かないようだ… 同一ポイントを狙った三連バーストで、30mm徹甲弾をぶち込んでやれ!」
俺は血の泡を口から吐き出しながら、スマートウォッチを通して聖子に叫んだ。
「了解です、所長。30mm徹甲弾の三連バースト砲撃を化け物のドテッ腹にぶち込んで風穴を開けてやります!」
スマートウォッチを通して、聖子の勇ましい返事が聞こえた。美しい彼女の口からはあまり聞きたくない言葉遣いだったが、今の俺には頼もしい事この上ないので、気にしないでおく事にした。
三連バーストとは三点バーストとも言い、一度引き金を引くことで3発の銃弾が続けざまに発射される銃撃の事だ。一点に3発の集中攻撃を加える。
さあ、バリー…
お前の腹が勝つか、俺の愛車『ロシナンテ』の『Passenger seat キャノン』30mm徹甲弾三連バースト砲撃が勝つか…
勝負だっ!
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《次回予告》
フル装甲戦闘RV『ロシナンテ』と不死身の怪物バリーとの対決は果たして…
そして、瀕死の重傷を負った我らが風俗探偵の運命や如何に…
次回、第9話「不死身同士の戦い… 風俗探偵vs.ミノタウロス」にご期待下さい。