ねえ、マスカレード… 君の素顔が見たいんだ ⑤「違法?適法? 電脳魔女の誘惑…」
次の日…
僕は昨夜、聖子さんに言われた通りに通常通りの生活を過ごした。
でも正直に言うと、授業やプライベートの時間もソワソワしっぱなしで落ち着かなかった…
いつ聖子さんからの連絡があるかと、僕は普段にも増して一日中スマホに意識を集中していたんだ。
結局、その日の僕は一人で家で夕食のコンビニ弁当を食べ終わってシャワーを浴びるまで、いつもと変わらない時間を落ち着かない気持ちで過ごした。
そして、一日の汗と疲れをシャワーで流していた時だった…
突然、脱衣所兼洗面所の洗濯機の上に置いてあったスマホが鳴った。
そこなら入浴中でも、手を伸ばせば届くんだ。
「もう! よりによってこんな時かよ!」
そう毒づきながらも僕は浴室の扉を開け、手を伸ばしてスマホを取った。
ライン通話だった…
「誰からだろ…?」
着信相手が誰なのか表示されていなかった。変だな、ラインを交換してる人間なら全部名前を登録してあるのに…
そう不審に思いながらも、スマホの隣に置いてあったバスタオルで急いで濡れた身体を拭きながら、僕は応答した。
「はい…」
「もしもし、邦彦君? 私… セイコよ。」
僕は驚いた。
僕が今一番連絡を待っていた相手は風祭 聖子さんだったけど、僕は彼女に自分のLINEなんて教えた覚えはない…
でも、セイコって言ったら僕には彼女しか思い当たらない。
僕は聖子さんとはSNSサイトの『seclusion』の中で、互いの『固定モノローグ(monologue)』を通じてかDM(ダイレクトメール)でやり取りするだけだったから、声を聞いたって分かる訳が無かった…
「えっ? 失礼ですけど、今話してるセイコさんって風祭 聖子さん…?」
僕は訳が分からないままに、セイコと名乗る女性に尋ねていた。
「もう! 私の他にもセイコなんて女がいるの? 意外と邦彦君も隅に置けないのかしら…?
そうよ、私よ。風祭 聖子よ!」
通話相手の女性が、僕が連絡を待ち望んでいた風祭 聖子さん本人だと分かってホッとした。
僕はスマホのスピーカーフォン機能を使って聖子さんと通話をしながら濡れた身体を拭き終え、全裸のまま洗面所を出た。
「ハ… ハッ、ハックション!」
僕は大きなくしゃみをしながら、慌ててパンツや着るための服を取りに向かった。
「ご、ごめんなさい…聖子さん。今シャワーを浴びてて…」
「まあ、それはごめんなさい… 風邪引かないでね。
じゃあ、ひょっとして邦彦君…今、スッポンポンなの?」
なんか聖子さんの声が弾んでいる様に思えた…
「ええ… 今から服を着ますけど…」
「まあ、素敵! 若い男子が裸だなんて… ビデオ通話に変えちゃおうかしら♡」
聖子さんの声が、さらに嬉しそうな調子になった…
「もう! やめて下さいよ! あなたなら本当に出来てしまうだろうから怖い…」
彼女がその気になったら、この部屋の様子なんて全部知られてしまう気がする… 僕は急いでパンツを穿き、Tシャツとジャージの上下を身に着けた。やっと人心地つけた気がした…
「お待たせしました、もう服を着ましたので…」
「あーん、残念…」
もう! この人は、どこまでが本気なんだろ? 聖子さんってこんなキャラだったのか…?
「それで、聖子さん… 『マスカレード』の件、何か分かりましたか?」
僕は肝心な件を聖子さんに思い出させるべく、ストレートに聞いてみた。
「ああ、そうだったわね。そのためにライン通話してるんだった…
私ったら…男子大学生の裸姿を想像しちゃって…
コホン… そんな事言うために電話したんじゃないのよね。ごめんごめん…
まず、マスカレードちゃんの『seclusion』のアカウントは、やっぱり彼女自身から閉鎖削除されてた。
普通なら、ここで絶望する所ね… お手上げだわ。
でも、私にかかれば何ほどの事も無いわね。
まず『seclusion』のサーバーに潜り込んで、ログの履歴に残ってる彼女のアカウントから彼女の使用してるスマホ情報を割り出した。
後はスマホを契約してるキャリアのコンピューターに潜り込んで、登録されてる彼女の個人情報は全て調べ上げたわ。
住所氏名、年齢はもちろん、彼女の実家や家族の情報までね…
それと、通ってる看護大学も学校での彼女の学年や学生番号なんかはもちろん、学校での成績や態度まで全て分かった。
どう…?
私みたいな上級のハッカーにかかったら、個人の秘密なんて何も隠しておけないのよ…邦彦君。本当に恐ろしいわよね…
これが電脳の世界よ。現代社会で、この世界と関わって生きてる人間には、全ての秘密を隠し通す事なんて不可能なのよ。」
僕は聖子さんの語る話の異常と思える展開に、茫然として聞いているしかなかった…
彼女のやってる事って、まるっきり犯罪じゃないのか…?
「聖子さん… 僕、そのう…」
正直言って、僕は怖くなったんだ… 引き返すなら、きっと今のうちだな…
「フフフ… 怖くなったようね、邦彦君。
そうよ、やめるんなら今のうちだわ。
あなたは普通の大学生の男の子なんだから、こんな事に足を突っ込んじゃいけない… それが正しい社会人としての考え方よ。
あなたは臆病なんかじゃないわ。真っ当な人間である証拠よ。
もう、マスカレードちゃんの事は忘れて普通の大学生活をエンジョイしなさい。あなたの詩だって、彼女に気を使ってやめる必要なんて無いわよ。
私はあなたの詩のファンなんだから、また書いてSNSに投稿してちょうだい。
それじゃね、邦彦君。おやすみなさい…」
聖子さんがライン通話を終わろうとした。
「ま、待って下さい。聖子さん、僕… やめるなんて言ってません。
ただ、あまりにも僕の全然知らない世界の話で…
ちょっと、付いていけなくて…
ああっ! 何言ってんだ、僕は!
と、とにかく…電話を切らないで下さい、聖子さん…
お願いですから…」
電話の向こうは無言だったけど、聖子さんから通話を切られた気配はなかった。
そして… 風祭 聖子さんは少ししてから、また話し始めた
「・・・・・・
分かった、切らないわ。
人の情報に触れるっていうのは、とても覚悟がいるって事をあなたに知っておいて欲しかったの。
邦彦君、前に私の仕事は秘書だって言った事があったわね?
私は個人探偵事務所の秘書をしているの。だから、依頼人や依頼された調査対象の個人情報には嫌でも触れなきゃならないわ。
だから、仕事がら守秘義務も必要とされるから、おいそれと業務上知り得た個人情報を他者に報せる訳にはいかないの。
でも… 今回の件を、邦彦君から正式に依頼されたマスカレードちゃんの調査とするならば、彼女について調べ得た情報をあなたに報告しても問題は無くなるわ。
これなら『探偵業法』に定められた探偵業務に該当するからね。
今からあなたは、私が秘書として勤めるカブキ町の『千寿探偵事務所』の正式な依頼人になるの。
ふふふ… うちの探偵事務所は、ただ一人の探偵兼所長と私の二人だけの小さな個人事務所なんだけどね。
それと正式な依頼だから、ちゃんと契約書もあなたのアパートに郵送するわね。
でも言っておくけど… ハッカーは私の個人的趣味であって、本来の探偵業務に利用はしてるけど違法な行為なのは間違いないわよ。
覚えておいてね♡」
僕は聖子さんの言う理屈を少しずつだけど理解した。もっとも、屁理屈と言えない事も無いけど…
でも、僕が依頼した仕事をその…『せんじゅ(?)探偵事務所』が調べて僕に報告すると言う形なら、僕が『マスカレード』の個人情報に触れる事になっても自然だ。だけど…
「聖子さん、おっしゃる事は分かったんですけど… 依頼料って言うんですか? その、調査にかかる費用も含めて僕が支払える様な金額なんでしょうか…?」
僕は正直言って心配になって来たんだ。僕は親の仕送りと、少しバイトをやる事で何とか学生生活を送っているんだ。探偵料金って高いって聞いた事がある… 何十万円なんて請求されたって、とてもじゃないけど払えない。
「何だ、そんな事を心配してたの?
ごめんごめん… 確かに正式な調査っていったら、あなたには気になるわよね。今回の依頼は私からあなたに押し付けた格好なんだから、お金はもらわない。
何より、マスカレードちゃんの事は私も気になるもの…
私は自分のハッカーとしての能力を使って、あなたに協力するだけ。
マスカレードちゃんの事を何とかするのはあなたの仕事よ。」
僕は聖子さんの話を聞いて、ホッとするよりも少し恥ずかしくなった。
聖子さんだって『マスカレード』の事が心配なんだ。
彼女達二人の関係の方が、僕との付き合いよりも長いし深いんだから当然だろう。だから、聖子さんとしてもコロナ禍で傷付いた『マスカレード』の心を助けてやりたいんだ。
僕は、この風祭 聖子という、謎に包まれて不思議だけど愛すべき女性の事が、これまでにも増して大好きになった。
「それからね… 私は結構お金持ちだから、あなたみたいな大学生から報酬としてお金なんてもらおうと思わない。
でも… それじゃあなたの気が済まないって言うのなら、素敵な詩を私に書いて欲しいわ。私だけのためのね。」
駄目だ…
聖子さんに惚れちゃいそうだ…
【次回に続く…】