風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第7話「突如現れた大男と妖しい女…式神との激闘」
門が開いて俺の前に現れた女性は、スラッとしたスタイルで女性にしては長身であることを差し置いてもっと俺が驚いたのは、この女性が金髪で碧眼の、息を呑むほどに美しい白人女性であることだった。
驚きながらも、俺は当然の作法としてもう一度名を名乗り頭を下げて挨拶し、自分の名刺を手渡した。
「ようこそ、いらっしゃいました。私はこの家の主人、榊原竜太郎の妻で榊原アテナと申します。鳳 成治は私の義理の弟に当たります。中に成治がおりますので、どうぞお入りください。」
外見はどう見ても白人女性なのに、純粋な日本人かと思われるような正確な発音で流暢に話す女性に招じ入れられた俺は、少し戸惑いながらも促されるままに門の中に入った。
しかし、門の中の結界はさらに強いプレッシャーとして俺の全身に影響を及ぼしてくる。
「失礼ですが、千寿 様… これを腕にお付けくださいませ。」
そう言って榊原アテナと名乗った女性が俺に数珠を手渡して来た。
訳が分からなかったが受け取った黒い玉で作られたその数珠を、俺は言われるままに左腕に付けてみた。
すると、どういう事だろうか…? 俺が全身に感じていた結界からのプレッシャーが消え去ったのだ。
奇妙に思った俺が左腕に付けた数珠をよく見てみると、黒い玉の表面上に小さな文字か書き込まれており、中には五芒星の記号も確認出来た。
俺のそんな態度をみた榊原アテナが美しい微笑みを浮かべて言った。
「その腕輪の数珠に書き込まれた文字と逆五芒星の記号に込められた『逆結界』の念が、あなたに働くこの領域にかけられた結界の作用を打ち消したのです。」
まるで俺の気持ちを読んだかの様な榊原アテナの説明に俺は驚いた。
「逆五芒星に『逆結界』…」
俺はつぶやいたが、彼女からのそれ以上の説明はなかった。
さらに案内が続き、やがて俺は和風の応接間らしき部屋に通された。家もデカいがこの応接間だけでも、俺の探偵事務所の執務室兼応接室くらいの広さがあった。
俺が席に付くと、榊原アテナは退室した。俺は彼女から待つように指示を受けた。
少しして男が一人、入り口に現れた。俺がそっちの方を見ると、そこに立っていたのは我が懐かしき旧友である鳳 成治その人だった。
鳳は俺を見下ろして立ったままで、歯を見せてニヤリと笑いながら俺に言った。
「よお、我が悪友の千寿 理じゃないか… 元気か?」
俺も負けずに不敵な笑いを浮かべて、目の前の旧友に言った。
「ああ、俺は特に変わりないさ… お前の方はえらく出世したみたいじゃないか? えっ、特務零課の課長さんよ。」
俺はストレートにぶつけてみた。
これはヤツには少々効いた様で、表情から見ても十分と言っていいほど面食らったようだった。ヤツの笑い顔は鳴りを静めたように引っ込み、厳しい面構えに変わった。
「何故、街の探偵のお前がそれを知っている…? それは国家の機密事項なんだぞ。」
奴さん、俺を怖い顔で睨んでやがる。
「カブキ町の風俗探偵風情がって顔してやがるな。お前の義姉さんに渡した名刺には俺の名前しか刷ってない筈だぜ。」
俺の顔に浮かんでいたのはヤツと違って怖い表情では無く、相手を挑発するようなヘラヘラ笑った顔だったに違いない。
「ふっ… まあいい。お前がそんな表情をしている時は本当の事を聞き出しても無駄だろうからな。だが、まあ…これでお互いに相手の核心には触れていないことになるんだろうな、お前がここに現れたって事は。」
どうやら、鳳のヤツは俺から自分の情報源を探り出す事はあきらめたように思える。確かに他の誰よりも俺の強情さについて知っているのは、こいつだったのかも知れない。
「で… お前が招待もしていないのに、俺を目当てにここへ乗り込んできた理由は何なんだ?」
鳳も立ちながら話すのはやめたようで、卓を挟んだ俺の向かいの席に腰を下ろしてから俺に聞いてきた。
「ああ、その事なんだがな… お前はこの娘を知っているだろう?」
俺は、今回の依頼に関しての本来の対象である川田明日香の写真を取り出して、鳳の前に突き出した。
手に取って写真を見た鳳の顔に、また緊張が走ったのを俺は見逃さなかった。
「わざわざお前がここまで来たんだ、正直に言おう。確かにこの娘は知っている… だが、それ以上は国家的な機密に関する事だから、俺の立場としては言う訳にはいかない。俺とお前の仲だから忠告しておくが、これ以上この件に関わるな…」
鳳は真っ直ぐに俺の目を見て話した。
「忠告はありがたいんだがな、俺も探偵としてこの娘の親から捜索を正式に引き受けた以上は、おめおめと引き下がるわけにはいかないな。これは俺の仕事なんだ。」
俺も鳳の目を逸らさずに見つめ返して言った。
これでは堂々巡りだな…と思いつつも、俺達の睨み合いは終わりそうにない。そう俺が思った時に、沈黙を破るように部屋の外から障子越しに声がかかった。
「成治さん、お茶をお持ちしました。」
先程の榊原アテナの声だった。
「ああ…ありがとう、義姉さん。どうぞ…」
鳳の返事に榊原アテナがお茶と茶菓子を入れた盆を持って入って来た。
この金髪で青い目をした美しい白人女性は、実に優雅で正式な作法に則った所作で俺達の前に茶と茶菓子を並べた。
彼女は今どきの日本人よりも、よほど日本の作法を知り尽くしている様だった。
「失礼します… どうぞ、ごゆっくりしていらして下さい。」
そう言ったアテナが部屋から出て行こうとした時だった。
「ドカーンッ!」
物凄い音がして、空気を揺るがす衝撃がここまで伝わって来た。どうやら、家の中ではなく俺が入って来たこの家の門の方らしい。
「何?」「何だ?」
この部屋にいた俺達三人が同時に叫んだ。だが、真っ先に身体が反応したのは俺だった。俺は立ち上がるとすぐに玄関の方へ駆け出した。
ヤバい感じがする…俺は走りながらそう思った。そう思いながらも俺の右手はズボンのポケットに入れた皮製の巾着袋を取り出して握りしめていた。この中には直径6mmの鋼鉄製のベアリングの玉が数十個入っている。
この前使った十円玉の硬貨とは違って、指弾専用に持ち歩いている物だ。
このちっぽけな鋼鉄製の玉を俺が指弾で使用すると、まさしく拳銃の代わりと言っていいくらいの凄まじい威力を発揮する。
俺は玄関でしっかりと靴を履いた。この鉄板が仕込まれた靴も俺の攻撃用武器だ。俺の強靭な足蹴りの威力が加われば北極熊でも一撃で蹴り殺せる。
靴を履いた俺は扉を開け放って玄関を出た。
外に出た俺は自分の目を疑った。
つい最近どころか、わずか数時間前に俺は2mを超す青鬼の化け物と戦ったばかりだったが、俺の目の前数mのところに立っていたのは、やはり2m半は下回らないだろう大男だった。コイツも例のドラッグ『strongest』をやったのだろうか…?
その大男は黒いトレンチコートを着、やはり黒の中折れ帽を被ってやがる。なかなかオシャレな野郎だ。だが、帽子の下の顔には包帯をぐるぐる巻きにしているようで、目の部分しか覗いていなかった。
だが、その目は瞳も何も存在しないかのようなグレー一色で、表情を全く読み取ることが出来なかった。
大男の右手には、俺がさっき通った榊原家の門扉の片側一枚がぶら下がっていた。コイツが引きちぎったのだろう…
よく見ると門は篤さが5~6cmはある、合板ではなく一枚もののヒノキ製の様だ。その板に拳でぶち抜いた穴が開いており、そのまま力任せに引きちぎったに違いない。
一枚でも重量はかなりのものだろうに、この大男は無造作に右手一本でぶら下げているのだ。
それにしても何て乱暴な野郎だ… インターフォンを押すのが面倒だってのか、コイツは…
とにかく、この大男の怪力は恐るべきものなのは間違いなかった。大男は遠慮も挨拶も無く、ぶち破った門からズカズカと榊原家の敷地内に入って来た。
「ズドーンッ!」
耳を塞ぎたくなるような物凄い音と共に地響きが起こった。大男が右手にぶら下げていた門扉を放り投げたのだ。
すると、大男の後ろから一人の女が姿を現した。こちらは化け物じみた大男と違ってスリムでオシャレな、まるでファッションモデルの様にスラリとした美女だった。
女は真っ赤な皮のロングコートを着ていた。コートの下は太ももの露わなミニの丈で、素敵な凹凸のハッキリと分かる、身体にピッタリとフィットした黒のワンピースを着ていた。
ワンピースの胸元は大きくえぐれていて、豊かなバストの谷間が覗いている。どうやらノーブラの様だった。
脚は寒くないのか、パンストを履かない生足に革のブーツを着用していた。
女は一見して日本人では無いようだった。ハッキリとしたところは分からないが、ブラジル系の血を引くハーフの様で息を呑むほどの美しさだった。
榊原アテナの知的で優しく慈愛を秘めた様な美しさとは対照的に、妖しく艶めかしく性的に男を興奮させずにはおかない美しさだった。
大男は沈黙を保ったままだったが、美しい女は大男の前に進み出るなり口を開いて、良く通る美しく妖しい声を響かせてしゃべった。
「みなさん、ご機嫌はいかがかしら? 私の名前はライラ、よろしくね。
門を壊しちゃってごめんなさいね。私はインターフォンを押そうとしたんだけど、バリーったら…
何せこのバリーは有り余った力を制御出来ないのよ…て言うより制御する気なんてまったくないみたいなの。とにかく乱暴者だから気を付けてちょうだいね。」
そう言ったライラは、ここにいた人々を見回した。
「さあ、私達がここへ来た要件を早く済ませちゃいましょう。川田明日香はどこ? 私達は彼女を連れに来たのよ。大人しくお出しなさい。さもないと… バリー!」
ライラが大男のバリーの名前を大声で叫んだ。
バリーはずかずかと庭の隅に立つ石灯篭に近付いていった。そして2mはあろう石灯篭に、振りかぶった右こぶしを叩きつけて殴り壊してしまった。
石灯篭を押し倒したのではなく、文字通り細かい破片へと変えてしまったのだ。見ている者達は唖然として息を呑んだ。
「御覧の通りよ。バリーは力を抑制しないで相手にぶつける。人間にだって同様にね。さあ、分かったら早く川田明日香を連れて来て!」
美しい顔と声でライラは誰にともなく命令をした。人に命令する事に慣れ切っている女なのだろう。
そこで、ようやく鳳 成治がライラに対して答えた。
「川田明日香なんていう人物はここにはいない。このまま狼藉を続けるつもりなら警察を呼ぶぞ。」
これを聞いたライラは鼻で笑って言った。
「ふっ… 警察…? バリーを警察が逮捕するって言うの? バカも休み休み言いなさいね。
なんだったら自衛隊を呼んだっていいわよ。ただし、バリーを引き止める事なんて出来ないでしょうけどね。バリー、その男を黙らせて。」
ライラがバリーに命じた。
「ブモー!」
バリーは人語ではなく牛の鼻息の様な声を出して、鳳 成治に歩み寄った。
その時だ…
突然、青と赤の二つの塊が庭に飛び込んできてバリーに体当たりを喰らわして止まった。
これには、さすがのバリーもよろめいた。
「ガオウッ!」「ガルルルッ!」
二つの塊は仔牛ほどの大きさをした、赤と青のそれぞれの色をした二頭の狛犬だった。
俺は目を疑った…まるで特撮CG映画だ。二頭は鳳 成治を護るようにバリーの前に立ちふさがった。
「そこの闖入者ども、人の家で何をしておるかっ!」
響き渡る大声と共に現れた一人の老人が、バリーに壊された門の前に立っていた。その老人は年老いてはいたが、俺も昔何度か会った鳳 成治の父親に相違なかった。
「この家で勝手な事は許さんぞっ! 伝統ある大切な門を壊しおって! 覚悟はしておろうな? ちょっとやそっとのお仕置きでは済まんぞ… やれっ!」
老人の掛け声とともに二頭の狛犬達がバリーに襲いかかった。
凄まじい戦闘だった。青い狛犬が前でバリーの相手をすると、赤い狛犬は後ろに回り込んでバリーの脚に噛みついて引きずり倒そうとする。
バリーが振り向くと、すかさず後ろに回った青い狛犬が反対の脚に喰らいつく。二頭の狛犬達の見事な連係プレーだった。
だがバリーの方も負けてはいなかった。仔牛ほどの大きさの青い狛犬がかぶりついたままの脚を、軽々と振り回して地面に激しく叩きつける。
「ギャイン! ギャン!」
堪らずに口を離した青い狛犬の胴体に、石灯篭を叩き壊した右の拳を思いっ切りぶち込んだ。
「ギャイーン…!」
青い狛犬は断末魔の悲鳴を上げて倒れたまま、二度と起き上がる事は無かった。赤い狛犬は相棒の復讐に燃えてバリーに飛びかかった。
バリーは振り向きざま、凄まじい勢いで右の回し蹴りを赤い狛犬の首に叩き込んだ。
「ボギッ!」
嫌な音を発して蹴られた勢いのまま、赤い狛犬は庭の端まで吹っ飛んでいった。声を上げる事も無かった。おそらく即死だったのだろう。
「うふふ… そんなちゃちな式神程度で、バリーがやられるとでも思ったの…? 可愛いわね、おじいちゃん♡」
ライラが楽しそうに言った。あの狛犬達は陰陽術で使う式神だったのか…
なるほど… 倒れた狛犬達は、それぞれ青と赤の色紙で折られた犬の形をした折り紙に戻っていった。
見るとバリーは、あれだけの戦闘をしながら息を全く乱していない様だった。
そして、最初の狙い通りに鳳 成治に向きを変えたバリーは歩み始めた。
ライラさんにバリーさんよ、この俺が黙って見ているとでも思ったか。
俺は左右の手に一発ずつ鋼鉄製のベアリング玉を握りしめ、バリーの左右の目に狙いを付けた。この距離では俺は絶対に標的を外さない。
ここだけは、どんなに怪力の大男でも鍛えようがあるまい。俺はお前さんが式神の狛犬達にした様に、容赦するつもりも罪悪感も全くないぜ。
「喰らえっ!」
俺は必殺の鋼鉄ベアリング指弾を、左右の指で同時にバリーの両目めがけて放った。
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《次回予告》
突如、安倍神社に現れて傍若無人に暴れる怪しい二人組ライラとバリー…
立ち向かった探偵は大怪我を負ってしまう。
主人の危機に愛車『ロシナンテ』が真の姿を現す…
次回、第8話「探偵の危機! 装甲戦闘RV『ロシナンテ』緊急発進!」にご期待下さい。