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ニケ… 翼ある少女 : 第24話「くみの学校中退と日本国脅迫計画」
くみの親友の愛理は転校した。くみにラインではなく、メールで愛理からの連絡があった。それが彼女からくみへの最後の連絡となった。すでにラインはブロックされていた。
『ごめんね、くみ。助けてくれてありがとう。私ね、くみとずっと友達でいたかった…ホントよ。でも、パパとママが転校しなきゃまた危険な目に遭うって… ごめんね、私ももう…二度とあんな怖いのイヤなの。だから、くみとサヨナラするね。もう、ラインも連絡も出来ない… さよなら』
これだけだった。愛理からの別れのメール… くみは泣いた。
「親友だったのに… でも愛理が悪いんじゃない。悪いのは私… 全部私のせい… さよなら、愛理。ごめんね…」
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くみは祖父の賢生、父の竜太郎、母のアテナと夕食後に話をした。もう学校を辞めたいと、くみは泣いて辛い胸の内を家族に打ち明けた。
「もう、イヤなの… 私… 私のせいで友達を危険な目に遭わせるのも、友達を失うのも… 二度とイヤよ。だから、学校を辞めたいの…」
アテナはくみの肩を優しく抱きながら、娘と一緒に泣いていた。賢生も竜太郎も、くみに対して何も言ってやることが出来ない歯がゆさでいっぱいの気持ちだった。しかし、それを思いっきり泣いて表現出来るほど、二人の男達は器用では無かったのだ。
皆は、くみが泣き止むまで黙って見守った。やがて、くみが泣き止んだ時に竜太郎が口を開いた。
「くみ… 辛かったろう。よく耐えたな、えらいぞ。もう我慢しなくていい。学校はお前が言うように辞める手続きを取ろう。すまなかった、くみ。お前の悩みに気付いてやることが、父さんは出来なかった。本当にごめんよ…」
竜太郎に続いて、母のアテナがくみに言った。
「ごめんね、くみ… ママもあなたの辛さを分かってあげられなくて…母親失格ね。あなたは何も心配しなくてもいいわ。学校は辞めても、今じゃ卒業資格や高校の教育もリモートで受けることが出来る。ママやパパが英語も教えてあげられるから… ごめんね、お茶を入れ直してくるわね。」
そう言いながら、アテナはまた泣きそうになるのを隠して立ち上がると部屋を出た。
最後に賢生が口を開いた。
「くみや、わしはお前に何もしてやれん、すまんのう。くみよ、これは真剣に言うんじゃが、わしから陰陽道を学ばんか?」
くみは賢生の唐突な言葉に、さすがにキョトンとした表情で祖父を見た。竜太郎も父親である賢生に向かって、
「何を言い出すんだよ、父さんは… こんな時に、ふざけないで…」
「バカ者! わしは真面目に言っとるんじゃ! くみがわしから陰陽道を学んで何が悪いんじゃ! 途中で修行を投げ出したお前が何を言っとるか!」
賢生は息をまいて竜太郎に怒り出した。
「怒るなよ、父さん… 何も今そんな話をしなくても…」
「パパ、やめて。お祖父ちゃんは真剣に私の事を心配してくれてるんだから。私はお祖父ちゃんの陰陽師のお仕事大好きよ。尊敬もしてるし興味もあるわ。私…本当に習いたいな、お祖父ちゃんに…」
くみが竜太郎を制して賢生に向かって言った。その表情はふざけたものではなく真剣だった。
「そうかそうか、くみは本当にいい娘じゃのう。さすがはわしの孫じゃて、どこぞのボンクラ親父と随分違うのう。ほっほっほ…」
「それは僕の事かい、父さん…」
竜太郎は苦虫を噛み潰したような顔をし、賢生は大笑いをしている。それを見ていたくみもつられて、やっと笑顔が出た。
「ほっほっほ、やっとくみが笑ったわい。くみには笑顔が一番似合うのう。いい顔じゃ… わしはくみの笑顔が大好きじゃわい。」
賢生は大声で笑った。くみも竜太郎も一緒に笑った。そこへアテナが皆のお茶を運んで来て、
「あらあら、何だか楽しそうね。私もまぜてもらおうかしら。」
と言って美しい顔で笑った。やっと家族に笑顔が戻った。
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所変わって、六本木にあるマクガイバー社(MacGyver)東京本社ビル内にある北条 智のオフィスである。
チャーリー萩原が上司である北条に進言している。
「まず、あらゆるSNSを使って、榊原くみがニケである旨の情報をばら撒くのです。今までにBERS達が撮影した映像や画像もアップします。方法は専任の者に任せましょう。こうして榊原くみを徐々に追いつめていくのです。
そして、ニケの情報がある程度世間に浸透した頃合いを見計らって、うちの原子力潜水艦『クラーケン』を使用したテロリズムを発生させます。方法としてはSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を東京の主要施設あるいは原子力発電所等の施設めがけて発射すると日本政府に対して宣言するのです。これは日本全体を標的にしたと等しい効果があるでしょう。つまり、このテロの人質は日本国家です。」
ここまで言って、チャーリー萩原は北条の顔色を窺う。すると北条は、興味深そうな表情で顎を突き出して話の先を促す。チャーリー萩原は頷いて話を再開した。
「要求はズバリ、ニケの引き渡しです。つまり、ニケを日本政府に捕らえさせて我々に差し出させるのです。日本政府が一人の少女の命を取るか、日本という国家を取るか、火を見るよりも明らかです。我々は労少なくして実を取ることが出来ます。以上がこの計画の骨子です。」
「ブラヴォー!」 聞き終わった北条は立ち上がって、チャーリー萩原に対してスタンディングオベーションを送った。
拍手を終えて再び席に着いた北条は疑問を口にした。
「しかしチャーリー、日本政府が信用するかね。テロリストの核の所持及び発射能力の有無を…」
この疑問をあらかじめ予定していた如く、チャーリー萩原は立て板に水のように北条に答えた。
「はい、Mr.北条。こういう手を考えております。まず、脅しとしてSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を一基、太平洋上の日本の排他的経済水域に対して射出します。もちろん弾頭を搭載しないミサイルの筐体のみをです。回収した日本政府側の関係者で見る者が見れば、それが何なのかはすぐに分かります。つまり要求が脅しだけではないという事を日本政府は理解するでしょう。」
チャーリー萩原は話を終えて、内線電話を使い自分と北条用にコーヒーを持ってこさせるよう注文した。
「いかがですか、Mr.北条? 私の提案する『作戦ニケⅡ』の次段階におけるシナリオは。」
「まさしくブラヴォーだね。素晴らしいよ、君は。」
「ありがとうございます、Mr.北条。お褒めにあずかり恐縮です。」
「ただ、アメリカ合衆国が何も言わないだろうかね? 大統領からクレームがつかないかな? やりすぎだとね。」
北条は右手の人差し指を立てて、くるくると回して見せた。
「はっ、それに関しては大丈夫でしょう。合衆国政府は静観の姿勢を取ると思われます。何より『作戦ニケⅡ』の本質はニケの捕獲が目的です。そのためなら公式にはともかくとして、我々の『作戦ニケⅡ』は合衆国政府の全面的支援を受けられるはずです。何しろ、ニケの存在及び能力は世界中の諜報機関において今では公然の秘密となっています。
大国では他国に先駆けてのニケ捕獲を、最優先事項として画策している事でありましょう。
ニケを制する者が世界を握るのです。その事を実現するためには、日本との表面上での外交問題などは取るに足りません。今ではMr.北条の提案した『作戦ニケⅡ』は合衆国の最優先プロジェクトのひとつなのです。もちろん、実行は我々クトニウス機関極東支部に一任されています。心配には及びません。」
「はっ、私の提案した『作戦ニケⅡ』も大きくなったものだな。」
「はい、世界の大国が捕獲したニケの複製で作る無敵の軍隊を欲しているのですよ。ロシアしかり、中国しかりです。我がアメリカ合衆国が後れを取る訳にはまいりません。ですので、『作戦ニケⅡ』の合衆国側の妨害的な措置は、日本政府との外交上の表面的な面以外ではあり得ません。」
「はああ… 投げ出したくなってきたな、私には荷が重いかもしれんぞ…」
北条は本気か冗談か判断しかねる、ため息交じりの言葉を発した。
「はははは…失礼しました。ですがMr.北条のジョークは笑えますね。心にもない事をさらりと、ため息交じりでおっしゃられる。私には到底真似出来ません。」
笑うチャーリー萩原に身体を向け直した北条が言った。
「ふふふ、とにかくだ。チャーリー、君のシナリオを実行に移そうじゃないか。早速開始してくれたまえ。早急に…だが慎重にな。」
そう言って北条はチャーリー萩原に対してウィンクをした。二人は、ちょうど折よく届けられたコーヒーを飲んだ。
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こうして『作戦ニケⅡ』は国家的な規模で進められていく。敵味方双方の様々な思いを飲み込みながら…
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『次回予告』
周りの友人を巻き込む危険を冒さないため、中学を中退したくみ…
気晴らしに公園を散歩するくみを襲う、橘率いるBERS特殊潜入部隊。
彼らの目的はニケの血液及び体組織のサンプル奪取…
くみを救いに現れた飄はサンプル奪取を阻止出来るのか…?
次回ニケ 第25話「奪われたサンプルと風の牢屋とくみの初恋」
にご期待下さい。
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