風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第13話「探偵の決意… カブキ町から『strongest』の一掃」
俺は愛車『ロシナンテ』で、自分の探偵事務所がある『wind festival』ビルに帰って来た。
カブキ町を出て安倍神社に向かったのは、つい昨日の事なのに何日も経ったような気がした。とにかく、俺にとって大変な一日だったのは間違いない。
だが、月齢14日の俺は気力体力ともに充実して疲れなど一向に感じない能天気な風俗探偵だった。
ただ…ライラとバリーの二人組との戦闘に引き続いて、安倍賢生と鳳 成治の長い話を聞いた昨日の一日は不死身の俺にとっても、とても長く感じられた。
俺は『ロシナンテ』を『wind festival』ビル1階にある専用駐車場へと入れて駐車した。
「ロシナンテ… お前のお陰で命拾いしたよ。ありがとうな…
ゆっくり休んでくれよ。それから、使用した弾丸や火炎弾も補給しておかなきゃな…」
俺は自分自身で弾丸等を補給した。こればっかりは人にまかせられない。しかるべき所にバレたら、銃刀法違反程度じゃ済みそうもない。ここには、ちょっとした戦争でも始められそうな物騒な代物が山ほどあったからだ。
『ロシナンテ』に触れる事が出来るのは、現在は俺と風祭聖子以外では、俺が信頼出来て専任で雇っている車の整備士が一人と重火器の専門家が一人だけだ。もちろん、『ロシナンテ』の製作に関わったじいさん連中は別だが…
昨夜は榊原アテナから泊まっていくように勧められたが、俺は辞退した。どうも俺には神社だの陰陽道だのは性に合わないのだ。正直言ってあの結界が、もうこりごりなのが理由だった。
俺は駐車した『ロシナンテ』の中で一夜を明かしたのだった。俺にとってはどんな高級なホテルや旅館よりも落ち着くのだ。風邪を引くだとか身体を傷めるなんて事は心配いらない。何せ満月なのだから殺したって俺は死なないのだ。
俺は『ロシナンテ』の整備を終え、2階の『千寿探偵事務所』に入ろうと鍵を開けようとしたら、ちょうど内側からドアが開かれた。
「お帰りなさい、所長。お疲れ様でした。」
驚いた事に風祭聖子が俺を迎えてくれた。
なぜ驚くかと言うと、俺が『ロシナンテ』の補給や整備を終えてもまだ朝の9時だったからだ。聖子の事務所への出勤時間は午後からと相場が決まっているのだ。別に決めていた訳では無いのだが、どうやら聖子は朝は苦手らしい。
朝が苦手だからと言う理由だけで、たった一人の職員がこんなとんでもない出勤時間が許されるなど重役出勤どころの待遇では無いが、俺はいろいろと彼女に頭が上がらないのでお構いなしとなっていた。
「大変でしたね、所長。」
聖子が俺の脱いだ上着を綺麗にしてハンガーにかけてくれた。俺はなんだか落ち着かない気分になった。聖子にこんな事をされた覚えが無かったからだ。
「ああ、ありがとう。君と『ロシナンテ』のお陰で本当に助かったよ。危うく命を落とすところだった。月齢13日で俺が死んじまっちゃあ、洒落にもならないところだ。」
俺は来客用のソファーにゆったりと腰を下ろして言った。
やはり俺は広くて綺麗な榊原家よりも、この雑然とした自分の事務所が一番落ち着いでくつろげる。
いったんソファーに腰を下ろした俺だったが、大事な事を忘れていた。
俺は立ち上がって、事務所の奥にある自分の寝室を覗いてみた。
「聖子君、シズクはどうしたんだ? 俺の部屋にはいないみたいだが…」
「ええ… シズクちゃんなら昨日、所長が出かけてから2時間ほどで目を覚まして、私の入れたホットミルクを飲んで一服した後で自分のマンションに戻りましたよ。どうしても帰りたいからって言って… 私が見たところでは彼女、全然平気そうでした。」
聖子の顔には不安そうな表情は全く見られなかった。彼女がそう言うのならシズクに関しては心配無いだろう。
俺は安心して今度こそ、ゆったりとソファーに腰を掛けた。
聖子が俺のためにコーヒーを淹れてくれながら聞いてきた。
「それで、川田明日香の件はどうなったんですか?」
俺は昨日の安倍神社の駐車場に『ロシナンテ』を停めてから今朝までに、俺が体験した一部始終を聖子に話して聞かせた。
聖子は優秀と言ってもいいほどの聞き上手でもあるので、話の節々で適切な相槌を打ったり質問を挟んだりしながら熱心に俺の話を聞いてくれた。
「それで… 取りあえずは、ライラやバリーの様なスーパークラスの化け物が来ない限りは榊原家に逗留している方が、川田明日香のためには良いという判断に落ち着いたんだ。」
俺は聖子にそう説明した。
「でも… そのライラがまた襲ってこないとも限らないのでは?」
そう聖子が心配するのも無理はない。じつは俺もその疑問を榊原家で口にしたのだから。
「ああ、俺もそれを言ったんだが… なんでもあの家には、昨日俺のいた時には不在だったが、安倍賢生の言うには『ニケ』というすごい力を持った大飯ぐらいの大女や、風神の力を持った少年が出入りしているらしい。
俺には何の事だか分からなかったが、あの陰陽師のじいさんが自信をもってそう言うんだ。
まあ、俺の様な獣人だっている世界なんだから、この世の中には何があっても不思議じゃないさ… 変わった奴は他にもいるんだろうさ。
あのライラやバリーだって、そうだったんだからな。」
満月期の俺は能天気だったから細かい事は気にならない。
だが、俺の口からライラ達の事を聞いた聖子が妙な話を始めた。
「そう言えば、所長… 昨日の榊原家での一件が落ち着いた後で首都高で大変なことが起こったみたいなんです。
ちょうど、田園調布から六本木に向かう側の路線で、白バイの転倒を始めとした十数台の車両の連鎖衝突事故が起こり、その先の料金所の手前で連鎖衝突事故の原因となった容疑車両が警察からの逃走を図って大爆発を起こしたみたいです。道路封鎖を行なっていた警察側に大勢の死傷者が出た様です。
ひょっとしたら… この件は時間と場所から言っても、昨日所長の前から逃げ出したライラとかいう女が関係しているのではないでしょうか?」
「ふうん… そんな事があったのか。で、その容疑者はまだ捕まってないんだな?」
俺は聖子が言ったように、ライラの可能性が高そうだと内心思いながら聞いてみた。聖子は俺に向かって頷いて見せた。
「公式には、そのまま逃走しようとした犯人は容疑車両の爆発炎上で死亡したと発表されています。身元は不明として公表しないままです。
でも、私が警視庁のコンピューターに潜り込んで調べた結果では、犯人には逃げられてしまったようです。凶悪犯を取り逃がしたことで引き起こされる都民のパニックと、自分達の責任問題追及を恐れて真実を発表しなかった様ですね。」
聖子は警察の対応を苦々しく思っているらしく、吐き捨てる様に言った。
「まあ、警察庁の見解としてはそんな物だろうな… あいつらに期待するだけ無駄だよ。
しかし、その逃げた凶悪犯がライラだったとして…何をそんなに急いでいたのかだな? そこまで大量に破壊と殺戮をして逃げなければいけなかった理由が気になる…
俺が後を追っていない事は、とっくに分かっていたはずだし…そんな派手な逃走劇を演じれば、警察に指名手配されて危険な事くらい少し考えれば分かるはずだがな。
あの女がそんなバカだとはとても思えない…アイツはずる賢く頭の回るタイプだった。」
俺はライラの妖しくも美しい顔を思い出しながら言った。
『あの女…そう言えば、俺がバリーの背中を両足で貫いた時にチラッと顔を見たが、なんだか恍惚とした表情で絶頂を迎えてイク時の様な顔をしていたな… 男なら堪らないほど美しい顔だった。
バリーと戦闘中じゃなかったらライラを抱きたい、背後から犯してやりたいと… あの瞬間に俺は思ってしまったんだった。
あれは何だったんだろう…? ライラにフィーリングを感じたのか…?
俺はライラをメスとして性欲の対象として見てしまったんだろうか?』
俺はライラの恍惚とした艶めかしくも美しい表情を思い出して、自分のイチモツが隆々と勃起してきたのを感じた。こんな状態を聖子に見つかったら何を言われるか知れたものじゃない。
俺は聖子から股間のモノが見えないように、脚を変に組んで不自然な姿勢になってしまった。
幸いな事に聖子は気が付いていない様だった。やがて勃起の鎮まった俺は、ソファーの上で自分の姿勢を自然な状態に戻すことが出来た。
「とにかく、本人には会えなかったが川田明日香の居所は分かった。
俺の放っておけない目下の問題は、川田明日香を狙っている連中がカブキ町にも根を張っている中国マフィアの『地獄會議』の奴らだって事だ。
これは内閣情報調査室の特務零課の課長である鳳 成治からの情報だから間違いは無い。
しかも、『地獄會議』の連中がこのカブキ町を中心に例のドラッグ『strongest』を流通させてる元凶となると、このまま黙って見過ごす訳にはいかない。」
ここで俺は、秘書である風祭聖子の顔を真正面に見た。
「となるとだ… 聖子君、俺はどうすべきなんだろうな?」
俺は真面目な顔をして聖子の意見を聞いた。
聖子は真剣に俺に見つめられて少々緊張した様だったが、彼女もきちんと座り直したうえで俺の目を真っ直ぐ見返して答えた。
「所長の性格ですから、このまま見過ごすわけは無いでしょうね。
あなたの事だから、もう心に決めていらっしゃるんでしょう? 『地獄會議』を叩き潰して『strongest』の根源を断ち、このカブキ町から一掃するって…」
俺は自分の心の中を見通している目の前の聖子に向かって、正解だと言わんばかりにニヤリと満足げな表情を顔に表して笑って見せた。
俺は聖子の、こういう聡明で率直なところが大好きなのだ。彼女にかかったら、俺の考えや行動などすべてお見通しだった。
だから俺は、聖子に対しては隠し事はしない事にしている。しても、彼女には無駄だからだ。
「大当たりだ、聖子君。もちろんそのためには、君の力が是非とも必要となってくる… 協力してくれるね?」
俺には聖子の答えが分かっていたが一応聞いてみた。
「分かってて聞いてるんでしょう? ずるいわ、所長はいつも…
ええ、もちろん私はあなたに協力させていただきます。
所長、これでよろしいのかしら?」
聖子は肩をすくめ、表情にはあきらめた様に苦笑を浮かべてはいたが、彼女の口から出たのは俺の予想した通りの答えだった。
「ありがたい、それでこそ我が事務所のマドンナの聖子君だ。そうとなったら話は早い方がいいな。
今日が月齢14日だ。俺が満月期で不死身の間にこの仕事を終えてしまいたいんだ。さっそく、君には『地獄會議』に関する情報を集めて欲しい。」
満月期の俺に肉体的な疲れなどはない。昨日のバリーとの死闘だって懐かしい思い出みたいなものだった。
ライラ… 彼女は化け物コンビの片割れなのは間違いないが、それ以上に俺の記憶の片隅に引っ掛かっていた。こんな感情は俺には予想も出来なかった。
まるで… いつまでも消化出来なくて胃の中に留まっている食べ物の様に、気になってはいても自分ではどうしようもない、もどかしさの塊の様だった。
だが、今度会った時はライラとは死闘を演じる事になるだろう。なにしろ俺は彼女の相棒を殺したんだから…
風祭聖子にかかったら、この世の中でコンピューター内に蓄えられたり管理されていて盗み出せない情報などは存在しない。
それがたとえ、アメリカ合衆国や中国の様な大国の機密情報であったとしてもだ。聖子はどんなに困難なレベルのセキュリティでも突破してしまい、ネット上の追跡を全て躱して痕跡を残さずに望みの情報を持ち帰るという不可能な事をやってのける。
風祭聖子は世界でも指折りに数えられるほどの超一流のスーパーハッカーで、まるで電脳世界を支配する女王の様な存在だった。
こんなしがないカブキ町の探偵事務所の秘書なんかをしている人間などでは、当然あり得なかった。俺は彼女に対して感謝はもちろんだが、尊敬と崇拝の念を抱いてさえいるのだ。
その聖子が、目的の『地獄會議』の事務所のコンピューターに侵入して情報を引き出すことなど彼女にとっては、さして難しい事では無かった。
その間に、私は聖子のために飛び切り美味いコーヒーを自信をもって淹れておいた。俺の淹れるコーヒーは美味いので評判で、聖子の評価もすこぶる高かった。
なんと…俺がコーヒーを淹れ終わる頃には、聖子は目的を達し終えていた。淹れたての美味いコーヒーを飲みながら、俺達は聖子の手に入れた情報を検討した。
聖子の情報によると、例のドラッグ『strongest』は中国から日本へと密輸されて来たのではなく、驚いた事に新宿区内にある『地獄會議』が所有するビルの地下工場で生成されているという事だった。
俺は聖子からその情報を聞いた時に、目がくらみそうな激怒を覚えた。実際、俺と聖子は衝撃を受けたのだ。
このカブキ町で『strongest』をばら撒いていたのは、すでに俺達の知るところだったが、事もあろうに『千寿探偵事務所』から目と鼻の先と言ってもいいくらいの新宿区内で問題の『strongest』が生成されていたとは…
「聖子君… 俺は本気で『地獄會議』の事務所と『strongest』の生成工場をぶっ潰す事に決めたよ。あんな恐ろしい麻薬を俺の愛するこのカブキ町で生成し、その挙句にここで捌いてやがるとは…」
もう俺は、怒りでどうにかなりそうだった。聖子の前で無ければ獣人化現象を起こしていただろう。俺にとって激しい怒りの感情は、獣人化現象への起爆スィッチとなる。
聖子は俺の正体を知ってはいたが、彼女の前で獣人化した姿を見せたくはなかったのだ。俺は可能な限り、怒りを鎮める様に努力した。
俺はしばらくの間、聖子の方に顔を向けられなかった。それは鏡を見るまでもなく、自分で分かったからだった。
完全にでは無いが、俺は獣人化現象を起こし始めていたのだ。腕も背中で隠した…爪が鋭く伸び始めていた。そして口も開けられない…犬歯が巨大な牙へと変わり始めたからだ。
俺は席を立ってトイレに入った。実際に用を足すわけではないが、ズボンを穿いたまま便座に座り深呼吸を繰り返した。その時、俺の脳裏にある女性の顔が浮かんだ…
それは、聖子ではなかった… そして、ライラでもない…
俺の脳裏に浮かんだのは、昨日初めて逢った女性… 榊原アテナの彫像のように美しく整った顔だった…
なぜ、こんな時にあの女性の顔が浮かぶんだ…? 俺にもさっぱり分からなかった… だが、彼女の顔を思い浮かべた俺は獣人化現象から解放されていた。
どうしてなのかは分からなかった。だが、あれだけ怒りを制御出来ずに獣人化現象を止めることの出来なかった俺が、榊原アテナの顔を思い浮かべただけで心に平穏を取り戻せたのだった。
彼女はいったい… 何者なんだ…?
すでに平静に戻った俺は使わなかったトイレの水を流して手を洗い、何食わぬ顔をして聖子のいる部屋へと戻った。
「もう… 大丈夫なんですか、所長?」
聖子が俺を心配そうに見つめながら言った。やはり彼女は俺の事を何でもお見通しの様だった。俺は彼女の心配を解くように答えた。
「ああ… もう落ち着いたから大丈夫だ。心配をかけてすまん。」
俺は聖子に微笑んで見せた。
「さあ…それじゃあ、さっきの続きを始めようか。」
俺と聖子は、彼女が得た『地獄會議』のビルと、地下の『strongest』の生成工場に関する全ての情報と、内部の構造を全て記した見取り図を使って綿密に計画を立てた。
手に入れた図面を見れば見るほど、『地獄會議』のビルは要塞といっても過言ではないほどの、警戒厳重な現代の城だった。だからと言って、俺は諦めるつもりはまったく無かった。
難しいとか不可能だと言われると、却って闘志が湧いてくるのが俺の悪い所だった。残念ながら長所だといえないのは、後先を考えない俺の性格が災いしているのだろう。
俺の顔には薄気味の悪い微笑が浮かんでいたのだろう。こっちを見た聖子は苦笑を浮かべて肩をすくめる仕草をした。彼女は俺の微笑が何を意味するのか理解しているのだった。
とにかく俺は今夜、作戦を実行するつもりだった。聖子が手に入れた『地獄會議』の敷地内における全ての建物の図面と、それらに張り巡らされたセキュリティシステム等の全ての情報はこちらの手の内に有る。
そこに、スーパーハッカーの風祭聖子と満月で不死身の白虎となった俺がタッグを組んで主役を演じるのだ。どんなに難攻不落の要塞でも力ずくでねじ伏せてしまう自信が俺にはあった。
俺の顔には自然と例の薄気味の悪い微笑が浮かび、口元には大きな虎の牙が覗いていた。
俺は今夜開催される、俺が主役を演じるショータイムが楽しみで仕方が無かった。俺は笑いながら、ある少年を思い出して心に誓った。
この絶対無敵のヒーロー、仮面タイガー・ホワイトが思いっ切り暴れて悪者をこの街から退治してやるぜ…
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