風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第1話「カブキ町ブルース」
俺は探偵だ。名前を千寿 理という。千の寿なんていう名前だけはお目出たい。俺の仕事はカブキ町という日本最大の歓楽街、泣く子も黙る風俗の街で事務所を開いているしがない探偵稼業だ。この街で長く探偵をやっているうちに、いつしか人は俺を風俗探偵と呼ぶようになっていた。
探偵と言ってもシャーロック・ホームズや明智小五郎、金田一耕助なんてカッコよく推理をするのとは全然違う。主な仕事は他人の秘密を密かに調査する事だ。
探偵業の法律制定(探偵業法)というのがあって、探偵業務とは「人(法人又は個人)からの依頼を受けて、対価を受け取り、面接による聞込み、尾行、張込み、その他これらに類する方法により、特定人の所在又は行動についての情報を収集し、その結果を依頼者に報告するもの」と定義付けられている。
こんな風に言うと何だかカッコよく聞こえるが、実のところ浮気や不倫の調査、人探し…場合によっては迷子の仔猫探しなんてのもある。便利屋みたいな事までやらないと飯を食っていけない…と言うのが、正直なところの俺の探偵稼業だ。
ありがたい事に、この華やかな風俗の町であるカブキ町では、俺みたいな仕事が結構重宝されてる。今も来客中だ。
「で、川田さん… お話は分かりましたが、お嬢さんの…明日香さんを捜し出すのが今回の私への依頼…という事でよろしいんですね?」
私の目の前の来客用の椅子に腰かけた男が、自分の眼鏡に手をやって位置を調節しながら頷いた。
「はい。先ほども申しましたように、娘の明日香が二週間も消息が分からない状況なんです。私どもは心配で心配で… 私の家内は熱を出して寝込んでしまいました。もちろん、警察には届けてあるのですが、成人の行方知れずには事件性がハッキリしない限りは、まともに捜してはくれんのです。私ども夫婦は、是非とも人捜しで評判の千寿さんに娘を捜していただきたく思い、こうして依頼に参りました。」
この依頼人の川田氏は中規模ではあるが、近年業績の急成長してきた会社を経営している社長だという事だった。秘書も連れずに一人でこんなカブキ町のおんぼろビルにある俺の探偵事務所にやってくるところを見ると、よほど娘の失踪に困っているらしい。藁をもすがるような気持ちなのだろう。人物は真面目そうである。話し方や態度も社長という身分にしては悪くはなかった。俺は相手の人物しだいでは依頼は受けないことにしている。不愉快なヤツはお断りだ。
「うっ… イク…」
俺は客の前で突然身体を震わせてから、大きく吐息をついた。
「千寿さん… どうかされましたか…? 今、イクとか何とか… それに額に汗をかかれてますが…大丈夫ですか?」
川田氏が俺の顔を窺い、不審そうに眉をしかめている。俺は彼に問題ないと言う風に手を振って見せ、ニヤリと笑って答えた。
「失礼… 何でもありません、川田さん。ほんのちょっと体調が… 大丈夫です、仕事が忙しくて少し寝不足なだけです。ご心配にはおよびませんので話を続けて下さい。」
川田氏にはそう言ったが、本当は俺の体調はすこぶるいい。今も身体から大量に吐き出したモノのお陰で頭もスッキリした。いわゆる『賢者の時間』というやつで、煩悩が吹っ飛んだ。
その時、俺のデスクがガタガタっと揺れて鳴った。川田氏はビックリして私に聞いてきた。
「い、今のは…地震でしょうか? 少し机が揺れた様に思いましたが…」
川田氏は真剣に地震を心配しているようだ。よほど神経質で臆病な性格なのだろう。俺はデスクの下で脚を動かし空咳をした。もう先ほどのような揺れも音もしなくなった。
「そうですな… 別の階で何か騒ぎがあったのかもしれませんね…何しろ御覧の通り安普請のおんぼろビルですから。でも、こんな事はしょっちゅうですので、ご心配なく。」
俺がそう言って笑顔で川田氏を見つめると、彼は安心したように身体の力を抜いていた。
実を言うと、この部屋にいるのは俺と依頼人の川田氏だけでは無かったのだ。俺の事務所に秘書はいるのだが、今日はまだ出勤していない。時間をあまり守らないズボラな女秘書である。では、誰がいるのかと言うと…
俺のデスクの下に女が一人隠れているのだ。だが、別に川田氏の依頼の件を盗み聞きしようとか言うのでは全くない。何しろ、彼女は川田氏がこの事務所に入ってくる以前から、この部屋にいたのである。そして、来客が分かった途端に俺のデスクの下にもぐり込んで隠れたのだ。
では、俺のデスクの下に入って彼女が何をしていたかと言うと…ナニをしていたのである。俺が川田氏と仕事の話をしている間、ずっと彼女は俺の股間のナニをパンツから引っ張り出して口でご奉仕していたのだ。彼女の名前はシズク。近くのデリヘル店の指名率ナンバーワン娘である。
俺が彼女の依頼を受けて仕事を解決してやったお礼として、商売抜きで俺のナニを抜いてくれていたのだ。依頼人の話の最中、シズクは俺のデスクの下でせっせとフェラチオをしていたのである。さっき「イク…」と俺が言ったのはシズクの口内で思いっきり射精したためだ。たぶん、彼女の胃の中には俺の精液がたっぷりと流れ込んだ事だろう。
シズクは俺に惚れているので、口外に精液を吐き出したりはしないはずだ。むせる気配が無かったから全部飲み干したのだろう。ご丁寧にお掃除フェラまでしてくれた。俺の方はすっきりしたが、シズクは苦しかったに違いない。何しろ、俺の精液は量が常人の五倍は出るし濃さは特濃ときている。俺は飲んだことは無いが喉越しが良いとは、とてもじゃないが言えないはずだった。
話が脱線してしまった。川田氏の依頼とはこうだ。彼の一人娘の明日香は今年で21歳になる大学3年生だが、最近男が出来たのか朝帰りや外泊が多いのが両親の頭痛の種だった。しかし、外泊が多いとは言ってもせいぜい三日が限度で、2週間も家に帰らないと言うのは両親にとっても初めての経験だった。一週間目で警察に相談したのだが埒が明かず、二週間目の今日になって俺の事務所に娘の捜索依頼に来たと言う訳だった。
最後に明日香の姿が確認されたのがカブキ町だと言う報告が、所轄の派出所の調べで判明しているとの事だった。それが事実だとすると、ちょっと話は厄介だった。この町では少女や若い女の失踪など日常茶飯事だ。いなくなった一週間後には、この街のどこかの風俗店で客を引いているのがオチだ。カブキ町では珍しくもなんともない話だった。
現に足元で俺のナニを吸っていたシズクもそのうちの一人である。彼女は実のところ父親が医者だという話だった。以前何かの話の中でシズク自身から聞いた覚えがある。今ではデリヘル界のナンバーワンプリンセスとなった彼女だが、いろいろと訳アリの過去の様だった。
しかし、この街は人の過去にはいっさい触れない街でもあった。男を殺して逃亡中の女だろうが、貢ぎ続けた男に捨てられ自殺を繰り返した女だろうが、実の父親に犯された挙句に、その父親から借金のかたに売り飛ばされてきた女だろうが、この街はそんな女達を分け隔てなく全て飲み込んでしまう。
そして、この街のルールさえ守れば、そんな女達をここへ追いやった男達から必ず護ってくれる寛容さもある街だった。だから、ここに行きついた女達はこのカブキ町を離れようとはしなかった。いや、離れられないと言った方が正しいかもしれない。ここは彼女達を閉じ込める刑務所でもあったが、身を寄せた自分達を唯一護ってくれる城でもあったのだ。
この街じゃ魅力ある容姿と男を悦ばせる技術さえあれば、自分の夢を叶えるのも不可能じゃない。自分の身体にかかった借金を返してこの街を出るのもよし、この街で自分の店を持って男達を見返すのもよしだ。稼いだ金を元手に成功した女達も少数だが俺は知っている。
俺はこの街でそんな女達の悲喜劇をイヤと言うほど見続けてきた。夢を叶える半ばで死んじまった女達も掃いて捨てるほどいた。
だが、俺はこの街が好きだった。幸せ薄い女達の流れ着いたこの街で暮らしていると、彼女達のいろんな顔が見えてくる。男達に騙し騙され、恨み恨まれ、愛し愛されもする女達の様々な表情の見れる歓びと哀しみの街、カブキ町に魅入られた一人がかく言うこの俺であった。俺もこの街でしか生きて行けない人間の一人だった。
だから、俺はこの街で泣いている女達を見ると放っておけなかった。この街で暮らす女はみんな俺の身内だ。俺は風俗家業の女達のためには仕事抜きで働いた。彼女達が文字通り身体を張って稼いだ金を違法にかすめ取ろうとするヤツや、金も無いくせに女達と遊んだ上に女達の金を強盗まがいに盗むヤツ等、そんなヤツ等は俺は頼まれないでも容赦なくブチのめして、女達に金を取り戻してやった。
女達は感謝して俺に金を寄こそうとしたが、俺は受け取らなかった。それでも感謝のために身体で支払うと言ってくる女達の好意は、ありがたく頂戴した。俺は聖人君子じゃないんだ。腹が減ったら飯を食うのと同じ様に、女を抱きたい時は人一倍性欲の強い自分を押さえる事はしなかった。そのかわり、厄介なことに一度抱いた女は例外なく俺と俺のイチモツに惚れやがる。街で逢うたびに抱いてくれとせがまれるのには、正直言って参っていた。
目の前の川田氏の娘がこの街の新たな住人となるのなら、それもいいではないか…と、思いはしたが俺だって霞を喰って生きている訳じゃない。川田氏の提示してきた娘の捜索に支払う成功報酬は、俺の想像上の尻尾をパタパタと千切れるくらい激しく振り動かさせるほどの金額だった。もちろん必要経費は別途支給だ。これで溜まっている事務所の家賃や光熱費、秘書に未払いの給料も払える。俺は一も二も無く、川田明日香の捜索を引き受けた。
こうして、俺はこの一件を引き受けたことで後にカブキ町を揺るがす事になる大事件に、自分でも知らずに知らずの内に巻き込まれていった。
もちろん、引き受けた時はそんな大事件に巻き込まれるとは露程も思っていなかったのだ。だが、川田氏からの依頼を引き受けた時点で俺の運命は決まっていた。