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【試し読み】『ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』』

2023年1月23日、優生保護法裁判・熊本地裁において、原告側の勝訴判決がでました。裁判が始まってから初めてのことです。しかし、国は判決を不服とし、控訴する可能性があります。現代書館は、今こそ読者の一人ひとりに、「障害のある人が国から強制不妊手術をされた」という事実が、いかに過ちであったか、想像力をもって考えてほしいと願っています。そのきっかけになればと思い、藤井渉著『ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』』第1章を無料公開することといたしました。「国は被害者に謝罪すべきだ」と思われた方は、どうか、その声をあげてください。(編集部)

ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』の書影です。
『ソーシャルワーカーのための反『優生学講座』』藤井渉著
2200円+税
現代書館

第1章
狭い現場から少し距離をとって見つめ直す

1 「リスク」という言葉の不思議

(略)
いったい、「リスク」とは何なのでしょうか。「責任」とは誰にとっての「責任」なのでしょうか。

当時、私は、こうした言葉によってなされてきたことの一つとして、強制不妊手術をすぐにイメージしました。かつて日本では、1948~1996年まで優生保護法が存在し、「不良な生命の出生を防止する」という目的のもと、入所施設や精神病院では、障害のある人たちに避妊手術や中絶手術を強制的に行っていました。手術を後押ししたのは、障害のある人に子どもができることを「リスク」だと見なす医師や職員の存在や、入所施設や精神病院がその「リスク」に対処しないことは「無責任だ」という意識でした。そして、それがごく当然のこととされていました。

ここで少し、意地悪な質問をしてみます。みなさんは、もし自分が強制不妊手術が行われた入所施設や精神病院の職員だったとして、強い同調圧力の中で、その行為をキッパリと否定することができるでしょうか。

私自身がこのことに思い悩み、周囲に話したとき、「当時としては仕方がなかった」「現場はそんな生やさしいものではない」という声が聞かれました。

はたしてそうなのでしょうか? 「否定することは簡単だ」と現場ではよく聞かされましたが、実は、「否定できない」ということこそが、むしろ簡単なはずです。なぜなら、過去の実態に目を向けながら、当時、「何ができたのか」「何をすべきだったか」までを詳しく調べ、考えることなく、いまを一面的に肯定することができるからです。

さらに困難を極めるのは、そうした過去の誤りを、福祉現場から「誤り」だとして認めていくことです。しかし、どこかで「誤り」であることを認めない限りは、その過去を肯定することになり、その延長線上にこれからも福祉実践を積み重ねていくことを意味してしまいます。

いまの実践を、5年や10年といった長い目線から振り返ったとき、いま、できることとは何でしょうか。やるべきこととは何でしょうか。現場を「前へ」と進めるためには、長い目線で考えていくための視野が必要であり、そのために学ばなければならないのが歴史なのです。

2 「現場で口に出して言いにくいこと」こそ、大事な問題

(略)

(2)口に出して言いにくい問題の代表格=優生思想の問題

現場で素直に口に出して言えない、言いにくい問題の代表格は優生思想(注1)の問題であり、具体的には優生保護法をめぐる問題だと思います。

とある脳性まひのある女性は、養護学校の高等部2年生の時に初潮を迎えました。そのときに周りの職員から祝福されるのか、そうでないのか、障害の程度によって明確な「差」があったと言います。障害の重いその女性には、一人で生理の始末ができないなら子宮を摘出すべきだ、という言葉が看護師から投げつけられ、手術を迫られました。医師の反対で手術は免れたものの、子宮を取らないなら自分で始末できるようにせよ、という看護師からの「指導」が待ちかまえていました(2)。こうした内実が、近年、被害に遭われた方々が次々と裁判に訴えたことで、改めて社会の表に示されています。

優生保護法による強制不妊手術は、本書にとって大事な論点なので、少し詳しく振り返っておきたいと思います(3)。なお、注には新聞の見出しを添えて出典を明示していますので、よければご参照ください。

今回の優生保護法をめぐる裁判は2017年からスタートし、数々の実態を照らしてきました。裁判を通して強制不妊手術の実態を示す行政文書に目が向けられるようになり、その内実がかなりずさんなものであったことが浮き彫りにされてきました(4)。しかもその手術の適用を審議する審査会は、たとえば工場地域だから男性労働者が多く、障害のある14歳の女性が誘惑されるからという理由によって手術を「適」と判断し、行っています(5)。

国は強制不妊手術の予算を増やし、その消化のために現場に手術を増やすよう要請し、さらに被害を拡大させてきました。そのなかで、人体実験が発覚し、大きな問題となります(6)。その被害は福祉現場にも見られ、たとえば、優生手術と引き換えに障害者福祉施設への入所が認められていたり、北海道では施設運営者に優生手術を促す通知を出したりしていました(7)。また、9歳児に強制不妊手術を行うなど、未成年者にも被害を広げていきましたが、その中には障害児福祉施設に入所する子どもも含まれていました(8)。たとえば、4人の子どもが「凶暴性」などを理由に睾丸を切除されたり、逃げ回るなか無理矢理手術が行われていたり、暴行の被害を受けた少女にすら人工妊娠中絶と卵巣切除が行われた実態もありました(9)。

こうした手術が行われた現場では、たとえば、「貞操観がない」「公益上必要」「あんたみたいなのが子どもをつくったら大変だから」「パイプカットしないと一生入院させる」「あんたのための手術」「赤ちゃんが腐っている」という言葉が飛び交っていました。手術を拒否する親について、「無知と盲愛のため」に拒絶しているとの言葉で記録されていたことも示されてきました。その手術を受けさせられた本人は、親からかたく口止めをされたり、手術を受けさせられたことをパートナーにすら打ち明けられないなど、心の「傷痕」を背負わされました(10)。

一連の裁判によって、強制不妊手術の問題を「問題」として、社会にNoを突きつけたのは、それに関わったり、加担したりしてきた現場職員ではなく、被害を受けた当事者の方々でした(11)。積年の怒りをもってなんとか裁判に臨まれる被害者の方が現れ、中には実名を出して国を相手に訴えを起こされた方も出てきました。

ところが、行政が書類を破棄していたために訴訟すらできなかったり、裁判に訴えようとしても周りから「金がほしいのか」「恥ずかしくないのか」といった声を浴びせられた方もいたとのことです(12)。被害者にはこうしたプレッシャーがつきまとっていたのです。

しかし、裁判で、国は被害者の方々に対して、争点にすらならないという主張や、手術をされたあとすぐに訴えなかった本人が悪い、声を上げなかったあなたが悪い、といった論理を投げつけます(13)。

被害に遭われた方々は、顔を出して声を出すことに尋常ではない難しさがあったはずです。それがメディアを動かし、世論を動かし、政治を動かし、各種団体や学会を動かし、おそらくは手術に直接携わった医師など現場職員をその加担に向き合わせるきっかけをつくってきました。そして、2019年4月24日に成立した旧優生保護法救済法(正確には「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」)として結実します(14)(15)。

福祉現場にも、直接的にせよ、間接的にせよ、こうした生々しい実態を抱えてきた、あるいは加担をしてきた実態があったはずです。しかしながら、手術が行われた現場からは、当時としては仕方がなかった、一面的に責められるものではない、といった意見がすでに出されています。そうした意見からは、現場がかなり複雑な問題を抱えさせられていたことがうかがえます。こうした雰囲気もあってか、一部を除き、社会福祉領域全体としてはこの問題に対して積極的にNoを突きつけることができず、結局は今後も口をつぐむことを選択していくように思えてなりません。

しかし、障害者の「性」を暴力的に奪うことが行われてきた一方で、福祉の制度設計として、入所施設では異性介助やトイレの構造などにおいて「性」への配慮が薄く、そして利用者の結婚や育児が想定されてこなかったことなど、支援の中にはその人の「性」という視野がそもそもありません。このことは、強制不妊手術の問題と果たして無関係なことなのでしょうか。

この問題を「問題」として福祉現場から問い直すことは、実は見過ごされてきた支援の大事な部分を問い直すことにもなるはずです。

注1 優生思想の定義は難しいが、歴史的には優生思想の土台に優生学があること、あるいはあったことはたしかである。しかし、戦後の優生政策では早い段階から断種の対象認識について遺伝性かどうかは問わないものとしており、本来、優生学にあった遺伝や素質といった軸になるような考えからある程度遊離してきた状況も見られる。優生思想の意味合いも、人の遺伝的な価値を問うものというよりは、命の価値に優劣をつけながら「劣」とした人たちの「淘汰」を容認する、あるいは進めていくといったものとしても用いられるようになり、時代とともにかなり広がりをもって用いられているものと思われる。
注2「法改正後も手術の誘い 開いた扉 旧優生保護法を問う2」『毎日新聞』2018年3月27日付。
注3
 優生保護法の問題については、優生手術に対する謝罪を求める会編『増補新装版 優生保護法が犯した罪―子どもをもつことを奪われた人々の証言』現代書館、2018年を参照されたい。
注4 審査会を経ずに不正に手術を決定していたり、そもそも記録すらしていなかったりと、かなりずさんな情報管理状態にあったことが明かされ、報道されてきた。このずさんな管理を、かつて厚生省は「厳正な手続き」だとして、そのうえで手術をしていたので救済は不要だと主張してきた。これが誤りだったことが証明されてきたのである。
注5・ 「不妊手術「強制は違憲」 旧優生保護法初の国賠提訴へ 宮城・60代女性」『毎日新聞』2017年12月3日付。
・ 「強制不妊 公文書に実態 10代女性に「月経始末できない」 統合失調症の男性に断種手術 旧優生保護法下神奈川県で 国の謝罪も補償もなし」『毎日新聞』2017年11月17日付。
・ 「強制不妊8割記録なし 本紙調査被害者特定へ壁」「強制不妊手術 資料年月に埋もれ 救済格差恐れも 超党派広がる動き」『毎日新聞』2018年3月4日付。
・ 「資料保存状況に差 26道府県3885人分が残存 21都府県「ない」「破棄した」」
『毎日新聞』2018年3月22日付。
・ 「強制不妊 理由変え許可 愛知審査会 再申請経ず」『毎日新聞』2018年4月18日付。
注6 人体実験については、1984年に岐阜大学胎児解剖実験という事件があった。これは精神病院に強制入院の状態にあった女性が妊娠し、岐阜大学附属病院に転院のうえ中絶手術を強制的に受けさせられ、向精神薬がその胎児にどう影響を与えていたかを調べるために解剖するという人体実験が行われたものである。
注7
 清水貞夫『強制断種・不妊、障害者の「安楽殺」と優生思想』クリエイツかもがわ、2018年。
注8 「9歳児に強制不妊手術 旧優生保護法未成年5割超 宮城県内」『毎日新聞』2018年1月30日付。
注9・ 「これでよいのか優生保護法の適用 法律にも大きな欠陥―医者自身がはきちがえる―」『読売新聞』1955年8月22日付。
・ 「収容の精弱児に“断種” 千葉朝日療護園 法的手続きもとらず?」『読売新聞』1955年8月16日付。
・ なお、この事件について取り上げた論文に、平田勝政「優生保護法と障害者の人権―1950年代の断種(去勢)事件の検討」『長崎大学教育学部教育実践研究紀要』第18号、2019年3月があるので参照されたい。
注10・ 「手術拒否の親を侮辱 強制不妊、同意強制の跡 滋賀県記録」『毎日新聞』2018年3月22日付。
・「法改正後も手術の誘い」『毎日新聞』2018年3月27日付。
・ 「誰もが犠牲になり得た 旧優生保護法提訴を実名報道して 診察がないまま不妊の強制手術 道公文書にみる行政の手術拡大」『毎日新聞』2018年8月1日付。
・ 「「パイプカットしないと一生入院させる」不妊手術「実態知って」被害者が団体」『京都新聞』2020年8月1日付。
・「子と過ごす夢砕かれ 敗訴の原告、怒りと落胆」『毎日新聞』2020年12月7日付。
・ 「除斥適用またも怒り 80代原告「まだ闘う」強制不妊訴訟」『毎日新聞』2021年8月4日付。
注11 裁判に至る経緯については、新里宏二「旧優生保護法―今、被害回復を求めて 被害者が声を上げることが社会を変える力」『精神医療』第93号、2019年1月、6-14頁を参照されたい。
注12・ 「「強制不妊」提訴 手術記録すらなく 70代女性裁判加われず 積年 万感の怒り」『毎日新聞』2018年1月30日付。
・ 「国、強制不妊増を要請 57年手術予算消化で 旧優生保護法 国の責任は大きい」『毎日新聞』2018年2月20日付。
・ 「誰もが犠牲になり得た 旧優生保護法提訴を実名報道して 診察がないまま不妊の強制手術 道公文書にみる行政の手術拡大」『毎日新聞』2018年8月1日付。
・ 「「体と人生を返せ」強制不妊原告、棄却に怒り 「除斥期間適用は酷」」『毎日新聞』2020年7月1日付。
注13・ 「強制不妊仙台訴訟 前例なき解決の道 判決前、救済法施行も 少額一時金に不信感」『毎日新聞』2019年3月21日付。
・ 「違憲性主要争点否定 強制不妊訴訟、国が主張」『毎日新聞』2019年3月21日付。ちなみに、紙面ではこの記事の隣に、衆議院議員・杉田水脈がLGBTの人たちを「生産性がない」と非難した問題についての記事が掲載されていた。人としての価値は子どもをつくることであり、それが生産性だとした杉田議員に、それがナチスと同じ発想であること、相模原障害者殺傷事件の犯人と重なるとの批判が示されていた。当時はこうした「生産性」の論理が強調され、その問題と事件との関連を問う論点がメディアでも扱われていた。「人の価値は「子作り=生産性」なのか 危うい枠外排除思想 ナチ時代を想起 経済的に測れぬ」『毎日新聞』2018年8月1日付。
注14・「強制不妊、責任認める 医学会が検証報告書」『毎日新聞』2020年6月26日付。
・ 「強制不妊「救済立法不要」 仙台の国賠訴訟 国が義務否定」『毎日新聞』2018年6月8日付。
・ 「強制不妊 顔見せ闘う 被害者会共同代表 国の責任あいまい 憤り」『毎日新聞』2018年12月17日付。
注15 こうした手術の実態については、情報公開請求を通して全国の状況を示した資料として、『毎日新聞』2018年6月25日付に掲載の「「おかしい」しかし…手術は断行された」を見出しとする記事に一覧表が公表されている。ここでは34道府県の開示資料の内容を掲載しているので参照されたい。また、被害を受けた方に「知らせない」と政府が判断をしたことの問題を指摘しておきたい。手術は嘘をついて実施されてきたことや、家族にも知られたくないなどの事情があるなか、「知らせない」ことで救済が滞ることは、障害者福祉現場からも法案段階で懸念として示されてきたことである。予想通り、救済法による一時金の支給は法施行2年を経過してもわずか899件にとどまっている。政府は通知をしない理由をプライバシー保護のためとしていたが、実際に現場では行政職員がアウトリーチして丁寧に面談を行うことで、「プライバシー保護と通知は両立する」ことが示されてきた。ところが、その運用を変える動きがいまだ見られない。その一連の動きについては、たとえば、
・ 「「強制不妊、補償減らしか」記録非通知、広がる困惑 救済法案」『毎日新聞』2018年10月31日付。
・ 「「対象狭い」「想像力不足」 与党案 被害者から懸念相次ぐ」『毎日新聞』2018年11月1日付。
・ 「救済自治体任せ 強制不妊進まぬ被害通知 鳥取県、捜して面談 厚労省「運用変えられぬ」」『毎日新聞』2020年2月16日付。
・「一時金認定529件のみ 優生救済法成立1年」『毎日新聞』2020年4月25日付。
・ 「一時金認定899件どまり 旧優生保護法救済」『毎日新聞』2021年5月27日付。
などを参照されたい。


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