中世の本質(29)村自治
村自治は西欧諸国の都市自治に匹敵するものです。規模や内容は大きく異なりますが、自治が行われたという事実は同じですから。村内の農民はみな対等でした。村には特権階級が存在しません。従って村の支配者は農民自身です、しかし農民は彼ら自身を支配する真の支配者を造りました。それが村法です。村法は農民たちの合意です。村はしたがって法の支配する、小規模な法治社会でした。
(尚、村では田畑を所有する農民が村を運営します、しかし当時、小作人などはその運営に参加する資格がありませんでした。これは一見、不平等な事柄であるといえるかもしれません、しかしそれは中世社会の問題ではなく、身分制の問題でもありません。それは現代社会にも存在するものであり、人類の永遠の課題といえるものです。)
村法は村を運営するための指標であり、そして生活を送る上での基準です。農民たちは寄合を持ち、村法の下、村内の諸問題を討議し、多数決をもって処理し、村を自主的に運営していきました。この村自治は今日の民主体制の原点です。明治時代において民主政治が曲がりなりにも始まったことは日本人がすでに素朴な形ではありましたが、法治主義を200年以上にわたり実践してきたからにほかなりません。
従って、民主政治の運営は自治を経験してこなかった国民、自治精神を身につけてこなかった国民、すなわち中世を通過しなかった国民にとってとても厳しいものとなります。それは平安時代の貴族や古代武士や農民がいきなり、民主政治に取り組むようなものですから。
ロシアや中国やそして多くのユーラシア大陸の諸国が21世紀の今も専制政治を採用し、しかし民主政治を行っていない、あるいは単に形式的に民主体制を採用しているにすぎないことは決して偶然ではないのです。法治主義は自律と自治精神無に成立しません。
村自治は数世紀にわたり農民たちに自治精神を叩き込みました。自治の核心は農民の結束です。周囲の敵から村を守るためには村の結束が一番です。村の内部分裂は決してあってはならない。それは近隣に潜む敵の襲撃を誘発するからです。
農民たちはすでに幾度も身をもって結束の大切さを痛感していたのです。そのために合意を重視しました。村の寄合において農民たちがそれぞれ意見を主張することは大事なことですが、同時に自制をし、妥協をし、皆の合意を形成することはさらに大事なことでした。
その結果、農民たちは自治の精神を身につけたのです。それは自律、順法、多数決の原理、そして自制の精神などです。一言で言えばそれは順法の精神であり、民主主義の精神です。勿論、それは素朴なものであり、未完成なものでありましたが、それでも中世において民主政治の原形が誕生し、現代を準備していたことは日本人にとって極めて重要なことでした。それは中世の存在意義を明らかにするものです。
中世人は二つの大切な精神を獲得しました。それは双務契約からもたらされる誠実さの精神と自治からもたらされる自治の精神と、です。この二つは中世の宝であり、そして人類にとっての宝です。そして村自治や都市自治はやがて<国自治>へと転じていきます。国自治とは民主政治のことです。国自治は村人や都市民が身につけた自治精神の上に初めて成立するものです。
従って、日本や西欧諸国が今日、法治国として認められていることは決して偶然なことではないのです。