うんとこしょ、どっこいしょ
文化って、なんだろう。例えば辞典には、
③ 自然に対して、学問・芸術・道徳・宗教など、人間の精神の働きによってつくり出され、人間生活を高めてゆく上の新しい価値を生み出してゆくもの。
〜『精選版 日本国語大辞典』より〜
などと解説されている。
なるほど…と思うけれど、やはりちょっと物足りない。僕が今まで出会ってきた文化の定義で、いちばん「ほぅ…!」と思ったのは、佐伯啓思という学者の、
文明=世界標準、あるいはそれを目指すもの
文化=土着の、その社会や集団に固有のもの
という考え方だ。
文明が徹底的に、いつどこでも通用するような普遍を志向するのに対して、文化はその波に抗う。自分たちだけの、他にはない独自の習俗や学問、芸術。それにとことんまでこだわる。
『おおきなかぶ』という童話がある。
言わずと知れた、「うんとこしょ どっこいしょ まだまだカブは ぬけません」の、あれだ。
ロシアの民話が素材となっているわけだが、僕がいつでも不思議に思うのは、あるいは心を揺さぶられるのは、あの、「うんとこしょ どっこいしょ」と声に出して読むときの、リズムや抑揚、あるいはメロディーなのだ。いや、それらがいつからか、連綿と継承されてきたという事実なのだ。
我が子が幼稚園児だった頃、保育士の先生方が、僕がはるか昔に口にしたのとまったく同じ抑揚とメロディーで、「うんとこしょ どっこいしょ」と読み聞かせを始めたときには、本当に驚いた。
もちろん、園児たちもそれをなぞりながら、目をキラキラさせている。
ああ。これこそが文化なのだなぁ…と思った。
この社会の幼児教育や子育ての中で確かに継承されてきた、そして継承されていく、固有の様式。この「うんとこしょ どっこいしょ」は、きっと、決して、大文字の文明に染まることはないのだろう。