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ゲンバノミライ(仮) 第5話 重機土工会社の根元社長

「そろそろお昼にしましょう。ラーメンを持ってくるね」
「うん。ありがとう」

根元若斗は、妻の根元藍美から声を掛けられて、笑顔で応えた。
重機はもう動いていないが、午後からの作業のことを考えるために360度カメラで周囲の状況を確認していた。もうすぐ自動巡回のレーザードローンが現場全体を撮影して回って、根元の担当エリアを含めて計画通りに掘削が進んでいるかをチェックする。根元の扱うバックホウの車載カメラや高精度な全球測位衛星システム(GNSS)、超音波センサーなどからも十分にデータを取っているため仕上がりに問題がないことは確認できているが、ダブルチェックと時系列の施工データ蓄積のためには欠かせない。
1~2メートル掘り進めば大きな岩が混ざる部分は終わる予想だ。そうなれば自動掘削に切り替えられるが、そこまでは根元ら精鋭の腕が必要だ。

ラーメンを食べている間に、午前中の作業実績と計画している掘削量の差異が解析データとして上がってくる。掘削が足りないところは、その度合いに応じて黄色、赤と色が濃くなっていく。逆に掘りすぎの部分は緑から濃い青へと着色される。この3Dデータには、誰がいつ作業したのかも重ねられるので、部下のオペたちの顔を思い浮かべながら、午前中の仕事ぶりも評価できる。

「今日の調子はどう?」
「悪くないね。僕がやったところも柔らかいところと岩が点在していて、思うように進まなかった。皆も同じような状況だと思うよ。それでも、このチームだからしっかり掘れてるんじゃないかな」
「良かったわ。冷めちゃうからラーメン食べようよ」
「豚骨だあ!嬉しいなあ。辛子高菜入れてもいい?」
「どうぞ。そういうと思って、じゃーん、ここに持ってきています!」
「さすがだね! ありがとう」

根元が窓の外に目をやると、朝から降り出した雨が本降りへと変わっていた。
「結構、降っているね」
「うん。毎日この雨じゃ気が滅入るよ」
「でも、現場が晴れてるから助かるよ。前線が北上しているから、3日後には向こうも土砂降りになる。それまでに今の厄介な地盤を抜けてしまえるかが勝負だ」

根元が社長を務める重機土工会社は、自動掘削の管理をメインとしているが、自動では難しい部分やスピードが求められる現場では腕利きのオペレーターが遠隔から操縦するやり方をとっていた。少なくとも2人は必ず現場もしくは現場近くに送り込み、リモート組と連携して仕事を進める点も特徴だ。オールリモートを売りにする大手の遠隔重機土工会社のように安くはできないが、重機オペレーターの質が高く、緊急時にも臨機応変に動けるところが評価されていた。

20代半ばの根元は、すっかり主流派になりつつあるプロゲームプレーヤーからの転身組。格闘ゲームで世界大会を制覇した時の賞金を元手に、次に何をやろうかと考えていた時に、あの災害が起きた。報道で重機の遠隔オペレーターの活躍を知り、自分が役立てるのではないかと直感した。

まずはゲームで試してみて、次に訓練用シミュレーターで練習を繰り返し、半年後に資格試験をトップの成績で合格した。合格者の上位陣に声を掛けて、乗ってきた面々が今の主力メンバーだ。年齢も性別も生い立ちも国籍も話す言葉もバラバラだが、同時翻訳がスムーズな今は、全く問題ない。

根元は、どんどん人材を増やして受注を伸ばすのではなく、少数でも良いのでスペシャリストを育てることにこだわっていた。創業時には、建設機械メーカーやプロゲーマー時代からよく知るIT技術者らと連携し、声紋を用いた緊急時対応システムなどの技術開発を進めた。考えていたのは、障害がある人たちの起用だ。
全身の運動動作が難しい人への対応は未だ開発途上だが、不自由な一部を補完するような技術は、かなり進歩していた。その人の不自由な部分に沿った形で、重機の通常操作と非常停止方法をカスタマイズする仕組みがしっかりと構築できれば、かなりの戦力になると確信していた。

健常者と言われる人だって、手先が不器用だったり、足が遅かったり、得意・不得意がある。例えば、足が遅くても、自動車で物を運べば、足の速さは大きな論点にならない。通信速度とXR技術の進歩により、障害がある人でも腕さえ良ければ環境が整った室内で重機オペレーターとして活躍できるはずだと考えた。
福祉やダイバーシティーに関心があったということではなく、単純にゲームの世界がそうだったからだ。アバターを通じて自動翻訳で話すので、相手の見た目も年齢も国籍も身体的な特徴も何も気にならない。というか、そういう属性自体が意味を持たなかった。重要なのは強いかどうかだけだ。

不思議なもので、良きライバルに出会うと、相手を知りたくなる。贅沢三昧に生きている資産家の子息や世界的IT企業に勤めるエリート、専業主婦、紛争で怪我を負った難民、引きこもりの中年などカテゴリーは様々だった。
根元が知る最強の相手は、最後まで名前も年齢も明かさなかったが、生まれつき体が不自由であることだけは教えてくれた。
「ゲームの世界では、自由に行きたいところに行って会いたい人に会える。今、僕は君と会いたいから会って、こうやって話している。それはもはや夢を叶えていることと同じなんだ」

あの時の言葉を思い出し、障害がある人たちに力を借りようと思い立った。その判断は正しく、優秀な人材を確保できる幅を格段に広げた。環境や社会課題の解決への貢献を重視するESG投資の観点から、資金調達の追い風になるというおまけまでついてきた。

ただ、創業時の構想と実際のビジネスの在り方はだいぶん違っている。当初は、ラグジュアリーホテルのような快適さを備えたコックピット空間を構築し、現場などには行かずにスマートに仕事をする世界を思い描いていた。
考えを改めたのは、遠隔化や自動化が広がる前に活躍した元重機オペレーターの山谷市太郎から話を聞いたからだ。山谷は、「神の手」と評され数多くの難工事で活躍してきたという。バケットの掘り進める感覚からちょっとした地盤の変化を感じとり、速さと正確さと、そして安全を兼ね備えて作業ができる卓越した技能を持っている-。土木の世界の偉人を集めた本にそう書いてあったので会いに行った。

「いいか、やっぱり現場なんだよ。すべてのヒントは現場にある。現場にしかない。それは、一番前にいる俺たちしか分からない。
ゼネコンの社員はすごい大学を出ていて賢いし、努力もしているが、最前線にはいない。
やれ人工知能(AI)だ、ドローン(小型無人機)だとかいろいろと言っているが、パソコンの中だけでごちゃごちゃ考えたり、遠くから見たりしているだけだろ。
土に触れているのは俺たちだけだ。それは、本当に大きなことなんだ」

崩壊の恐れがあった現場で予兆を察知して避難を呼び掛けて、多くの人の命を救ったり、誰もが間に合わないと言われていた現場でリーダーとしてチームを率いて計画よりも早く作業を終えたりと、さまざまな伝説があったようだが、武勇伝をひけらかすような素振りはまったく出さなかった。山谷は、自慢めいた話は一切語らず、ただただ現場の重要性を説いてくれた。
山谷の話が、遠隔からの作業だけで完結させないという今のビジネスモデルの根幹になった。

今月は、根元は自宅勤務だった。自分がいた方が確実ではあるが、根元はあえて今後を担うエースである野々宮エリカを現地リーダーに送り込んでいた。野々宮は、大学時代に交通事故で両足を失って義足になった。必死の努力で歩けるようになり、それから陸上競技を始めて、パラリンピックのメダリストになった。操作スピードや瞬時の判断力はピカイチだ。

今は妊娠中で、まもなく産休に入る。出産後に復帰したいと思って貰えるよう、あえて難しい局面に現場に投入した。

現場を見ることで、遠隔オペレーターの腕が上がるし、トラブルが起きた時の現場の様子を肌で感じることが、ノウハウの蓄積やリーダーシップの醸成にもつながる。何より、工事に貢献している姿を実感できる。野々宮は、現場に行くたびに「頼りにしてるよ」と言われることが、とても嬉しいと言っていた。

デジタルネイティブ世代は、どうしても効率性やスマートさばかりを最優先しがちなところがある。根元も、きれいな部屋から画面と数字だけを見て業務をこなすような在り方は否定しない。その方が生産性は高まるかもしれない。だが、面白みは薄れるのではないか。そうすると、本当に優秀な人間は集まらないようにも思えるのだ。

根元自身、やればやるほど、今の仕事にのめり込んでいく。現場では予想外のことが起きる。思うようにいかないことは大変だし、面倒くさい。でも、「だからお前がやらないと駄目だろう」と思わせる媚薬のような魅力も感じるのだ。
根元が目指す先は、山谷が築き上げた職人像とはおそらく違う。だが、職人という道を極めるという意味では、通じるところがあるのではないか。それが、新しい時代の職人像につながっていけば良い。

そんな大それたことが自分にできるかどうかは分からない。
でも、そんな先のことも考えていきたいと思っている。

そろそろ昼休みが終わる。さあ、午後の仕事を始めよう。

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