テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約およびあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の適用事件(ウクライナ対ロシア)(ICJ,2024年1月31日)
Ⅰ 一般的背景
本件は,2014年のウクライナ東部・クリミアで発生した事件を受けてウクライナが手続きを開始したものです。
ただし,ICJが管轄権を有しているのは,テロ資金供与防止条約(「ICSFT」)および人種差別撤廃条約(「CERD」)の規定に基づく紛争に限られています。
ICSFTに関して原告は,ロシアがテロ資金供与犯罪の実行を防止・抑制する措置を講じなかったことを主張しています。
CERDに関して原告は,ロシアがCERDの義務に反してクリミア住民に対する人種差別を行っている旨主張しています。
ICJは2019年判決で,本件紛争がICSFTに関するものとCERDに関するものという2側面から構成されていることを判断しました(2019年判決,32段落)。また,その他の問題(侵略の疑いや不法占拠の問題など)は扱わないことも確認しています(同上,29段落)。
本件は,ICSFT24条1項,CERD22条に基づいて管轄権があります。
Ⅱ テロ資金供与防止条約
ICJはICSFTに基づく請求を扱う前に,予備的な問題として,①ロシアによる「クリーンハンド」原則の援用,②ICSFTの関連条項の解釈,③証明に関する問題を取り上げます。
①ロシアによる「クリーンハンド」原則の援用
ロシアはウクライナが「unclear hands」でICJに現れたと言います。
ロシアは2023年3月10日にこの異議を提起しました。
しかしICJは先例において(2019年Jadhav事件,2023年イラン資産事件),「『クリーンハンド』の法理に基づく異議それ自体が,有効な管轄権に基づく請求を受理不可能にするとは考えていない」として当該異議を棄却しました。
よって本件でもロシアの異議は棄却されます。
②ICSETの関連条項の解釈
ICJは「資金(funds)」,「『テロ資金提供』罪」,及びその構成要件について解釈しました。
まず「資金(funds)」とは,かなり幅広い金銭的・財産的資源を意味し,テロ行為実施のための手段は含まれません。
次に「『テロ資金提供』罪」とは,人的には「any person」=すべての個人による行為をカバーし,2条1項(a)(b)で言及される諸行為自体を禁止しているものではなく,ただし(a)(b)の行為が行われることの意図または知識があることが求められる。
また,2条1項(a)(b)の行為がいかなるものであるかも確認しました。
③証明の問題
一般規則として,請求を裏付ける事実を主張する当事者が,その事実の存在を証明することになります。ただし,当該当事国の支配下にない地域に証拠がある場合,事実の推定や状況証拠への依拠も認められ得ます。ウクライナの実効支配を欠く地で発生した本件でも当てはまることがあります。
また,証明度が事案により様々である可能性も指摘し,ジェノサイド罪など例外的に重大な事案では確実性の高い証明が求められる一方で,本件はそうではないと言います。
次いで,個別の請求判断に移ります。①8条1項(資産の凍結・押収措置を講じる義務)違反の疑い,②9条1項(犯罪の調査義務)違反の疑い,③10条1項(訴追義務)違反の疑い,④12条1項(操作,訴追,引渡しにおける援助)違反の疑い,⑤18条1項違反の疑いを検討しました。
その結果,②9条1項違反の身を認めています。
最後に救済として,ウクライナは違法の宣言に加えて,侵害の停止,再発防止の保証,金銭賠償などを求めましたが,調査義務の宣言をもって救済とし,その他の要求は棄却しました。
Ⅲ 人種差別撤廃条約
CERD違反の請求に移ります。
前提問題として,①ロシアによる「クリーンハンド」の法理に基づく異議,②違反の性質と範囲,③証明の問題,④CERD1条1項の規定の意味,⑤タタール人とクリミア人が保護される民族であるか,を扱いました。
①ウクライナはまず,「クリーンハンド」の法理による異議を申し立てましたが,これは認められませんでした。
②次に,請求された違反の性質と範囲について,両当事国の見解に相違があるため,検討されました。
ICJは,CERD1条1項の意味での人種差別が相当数行われたこと,およびこれらが1体のものとして人種差別のパターンを構成しているかを確認すると言います。
③証明の問題として,証明責任と証明度,および証明の方法の問題を確認しました。
まず,証明責任は原則として主張する当事国にあるが,これは,裁判所に提出された紛争を解決する上で裁判所を助けうる証拠を当事国が所持している場合には,提供することに協力する義務を他方の当事者に免除するものではないと言います。また,事実を裏付ける証拠を直接提出できない国に対しては,事実の推定や状況証拠が広く認められるべきだと認めています。証明責任は,証明する必要のある事実によってさまざまだと言います。
また証明度について,人種差別の「パターン」を証明する本件においては「説得的な」証拠が必要だと言います。
次に証明方法につき,統計的証拠,自身に不利な証拠,公的機関や独立機関からの報告書の証拠的価値に触れ,ケースバイケースで証拠の価値を検討すると言います。
目撃証言や報道の価値も判断しました。
④CERD1条1項
ICJは「人種差別」の意味につき,1条1項の禁止事由に基づく待遇の差別を目的とする措置,および表面上は中立的であっても禁止された事由に「基づく」ことが示される措置は,人種差別であることを確認しました。
⑤保護集団
最後に,クリミアのタタール人およびウクライナ民族がCERDで保護される民族集団に該当することを確認しています。
以上を踏まえて,具体的な判断を下しています。
ICJは判断に先立ち,「裁判所の管轄下にないその他の国際違法行為がある場合も国家責任を負う」という何やら意味深な確認をしました。
そのうえで,CERD2条および4~7条違反の申立てにつき,①失踪,殺人,拉致,拷問については証明されておらず,②探索,拘留,訴追などの法執行措置は,タタール人およびウクライナ人に対してはロシアが法執行措置に関与した証明がなく,Mejlis(タタール民族の代議機関)の構成員に対して取った措置がその民族的出身に基づくものであることが証明されていないとしました。また③Mejlisを禁止する措置についても義務違反が証明されていません。④国籍に関する措置,⑤文化的に大切な集会に関する措置,⑥報道機関に関して課した措置,⑦文化遺産および文化施設の破壊は,人種差別であることは証明されていません。
最後に⑧教育に関する措置について,2014年以降の教育制度が,CERD2条1項(a)および5条(e)(v)に基づく義務に違反していると結論付けました。
最後に,これら違反に対する救済として,ウクライナは違反の宣言,義務違反の停止,再発防止の保証,金銭賠償などを要求しました。
ICJは,本判決により違反の宣言を行い,またロシアがウクライナ民族出身の子・保護者のイーズを満たすものとなることを保障する義務を負っていることを確認し,その他の救済の請求は棄却しました。
IV 暫定措置命令に基づく義務違反
最後に暫定措置の問題を取り上げます。
ICJは,ウクライナ語による教育へのアクセスを確保する命令への違反を認め,義務違反としました。
これに対する救済は,宣言による満足としました。