イラン資産事件ICJ判決の概要(メモ)
一 事実の概要
本件は,1955年の友好条約が問題とされています。
前提となる事実としては,以下のようなものがあげられております。
・1979年のイラン革命と同年の在テヘラン米大使館占領事件を受けての,1980年米イラン国交断絶
・1980年代に生じた米軍殺傷事件により米がイランを「テロ支援国家」として認定
・米がテロ当事者・テロ支援国家の資産を差押え・執行の対象とする国内法や大統領令を定める
・米裁判所がイランの国や企業を強制執行手続きの対象とする判決を次々に下す
・これを受けて2016年,イランがICJに提訴
・2018年,米がイランに条約の終了を通知(1年後に終了)
二 管轄権と受理可能性について
A. 事項的管轄への異議
まず,イランの中央銀行としての役割を持つMarkazi銀行が,条約のいう「会社」であるのかが問われました。
裁判所は2019年の判決を参照し,「会社」とは国の法律により独自の法人格が与えられること,および条約のいう「会社」には公企業も含まれることを確認しています。(para. 41)
そのうえで,イランの主張は「商業的性格を持つ活動に従事したことを立証するには十分でない」(para. 50)として,Markazi銀行は「会社」ではないと判断しました。
B. 国内救済を完了していないことによる受理可能性に対する異議
米はまた,国内救済を完了していないことによる受理可能性に異議を唱えました。
裁判所は,イランによる「国の権利と個人の権利が相互依存する特別な状況にあるから酷な救済は不要」というアヴェナ判決を援用した主張を退けます。(paras. 63-5)
ただし,イランの企業が米で効果的な救済を受ける有効な手段を持たなかったために(para. 67),国内救済は果たされていると判断し,異議を認めませんでした。
三 米による本案への防御
A. 「クリーンハンズ」の法理に基づく防御
米は,イランがテロを支援することで政治的な不安定を招いたこと(para. 76),国際法違反をしたうえでその賠償金の支払いを回避するよう試みていること(para. 78)を指摘し,これがクリーンハンズの法理から見て認められないと主張しています。
裁判所は,米自身が提供する二つの条件を確認します。それは,
①原告または代理人が不正や不法を行っていること
②当該不正又は不法と請求に関連性があること です(para. 82)
そのうえで,関連性がないから米の主張は支持できないと結論付けました(paras. 83-84)。
B. 権利濫用に基づく防御
米は,
①領事や商業に関する協定である本条約上の権利を,当事者が意図しなかった状況にまで拡大していること,
②イランが支援した行為の賠償を回避するために条約を用いていること
を指摘し,これが権利乱用に当たると主張しています(para. 85)。
裁判所は,①については2019年に米が「手続の濫用」として主張したものと同一であるとして,同じ法理から退けました(paras. 88-9)。
②については,PCIJの「[権利濫用は]推定ができず,証明が必要」という言説を引用したうえで,米国が十分に権利濫用を立証していないから却下しました(paras. 92-93)。
C. 条約20条1項cとd
条約20条1項は,本条約が,軍事施設に供給するための武器などの生産・交通を規制するための措置(c),および本質的な安全保障上の利益を保護するために必要な措置(d)を排除するものではないと定めています。
米は,これらによって正当化されることを主張しています。
(c)について米は,国境を越えて武器を危険な目的に用いうる者に拡散する「武器取引(traffic in arms)」を規制する措置も含まれるのだと広く解釈し,したがってイランへの措置を正当化できると主張します。(para. 100)
しかし裁判所は,20条1項cの用語の通常の意味を見ても,また趣旨および目的からしても,そのような広範な解釈は導けないとして退けます。(para. 102)
(d)について米は,大統領令が自国の本質的な安全保障上の利益を守るために必要だとし,またニカラグア事件の224段落を引用して安全保障上の利益は後半であることを主張しました。(para. 104)
ICJはオイル・プラットフォーム事件43段落を引用し,正当化のためには安全保障上の利益保護が目的であることに加えて,措置が目的達成に必要なものでなければならず,その必要性については主観的な問題ではなく裁判所が判断できるとします。
そのうえで,米が引用するジブチ対フランスの145-7段落について,この判決で問題となった条項には「concern[ed]」という文言があるために裁量の幅を与えているのに対して,本条約にはその文言がないと指摘します。(para. 107)
さらに,米が説得的に「必要な措置」であることを示していないこと,大統領自身が安全保障上のリスクの考慮に言及していないことから,米の抗弁は支持できないと結論付けました。(para. 108)
四 条約違反の申し立て
そのうえでイランによる申し立てにつき,
・3条1項と4条1項の定める「法人格を承認する」「公正かつ衡平な待遇」を与える義務に違反していること,(para. 159)
・3条2項のいう司法へのアクセス権は,企業が提訴・上告する権利自体は認められており,実体的権利の否定は3条2項の対象外であるから,違反はないこと(para. 168),
・4条2項が定める公共目的以外での財産の奪取は認められず,収用には正当な補償が必要だという条項に違反し,(para. 184),
・5条1項違反と7条1項違反は立証されておらず,
・10条1項の定める通商の自由を侵害していることを認めました。
五 救済
イランは,(a)違反の中止,(b)金銭賠償,(c)謝罪 を要求しています。
「中止」につき裁判所は,すでに条約が失効しているために,違反の中止は却下されるべきだとしました。(paras. 228-9)
「金銭賠償」につき裁判所は,24か月以外に合意できなかった場合には裁判所が裁定するといいました。(para. 230)
「満足」については,本判決を持って十分に満足がされると判断しました。(para. 233)。
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個人的には,「米国によるdefence」において,米国の主張を精査していかなる主張や理論が展開され,否定されたのかを検討することで,クリーンハンズや権利濫用の法理の研究が一歩進むのではないかと期待しています。
また,今回は主権免除や権利濫用の実体的な部分については判断がなされませんでしたが,(かなり米国の主張に寄り添った場合に)国際法上の権利が国際法違反の賠償を回避するための隠れ蓑にされる可能性は否定できないのかもしれないが,この点は何か言えそうだなぁとぼんやり考えています。
そのほか,注目すべき点があればご教示いただけたら幸いです。
よろしくお願いします。
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