【完結】『あなたの知らない永遠』第四話「ステラの決意」
登場人物
ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、無断で不老不死の魔法をかけたことでサラに酷く嫌われる。
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本文
「サラさん!」
突然ステラが立ち上がった。サラとジェシカは驚いて彼女を見た。
「あたし、サラさんの不老不死を解く! ニナさんの望み、あたしが叶える!」
まっすぐに自分を見つめるステラを見て、サラは申し訳なさそうな顔をした。
「いいの? 会って間もない私のために、そんな大変な役を引き受けて」
「大丈夫。あたしはニナさんの生まれ変わりだもの。あたしの心の中に、サラさんを助けたい気持ちがあるの、はっきりわかる」
「ステラ……」
後に続く言葉が出なかったが、サラが感謝と申し訳なさの入り交じった複雑な感情を抱いているのは、見て明らかだった。ジェシカもまた同様だった。
「私も一万年以上生きておきながら、結局あなたに頼るしかないなくてごめんなさい」
「ううん、いいの。ジェシカさんがニナさんの想いを伝えてくれなかったら、あたし、退屈な一生を送ってたかもしれないもん」
「ありがとう、ステラ」
ジェシカの顔から、重い影のようなものが消えたように見えた。それは単に話が上手くまとまったからではなく、五千年の時を経て、止まっていた時がやっと動き出したからだろう。
「じゃあ、三人でそのマナホールっていうのを目指そ! サラさんの不老不死を解くために!」
「ええ、そうしましょう。サラ、それでいい?」
「ああ、いいよ。ステラがそうしたいって言ってくれるなら」
「決まりね。ステラ、改めて、ありがとう」
こうしてサラは不死の呪縛から逃れるため、ステラはニナの想いを完遂するため、ジェシカはサラへのささやかな罪滅ぼしのため、不老不死を解く旅に出ることになった。
ひと段落ついて、場を包んでいた緊張が和らいだ。そしてサラから滲み出ていた刺々しさは、もうほとんど感じられなくなっていた。
「喉が乾いたな。お茶を用意するよ。ジェシカ、仕方ないからあんたの分も入れてあげる」
「ありがとう、サラ。お願いするわ」
二人の関係が修復されたわけではない。ニナに先立たれたあとの五千年の孤独を経て、今さらあの頃には戻れない。けれどステラの存在が、ほんの少しだけ、懐かしく心地よい空気を二人の間にもたらした。
サラは三人分のルイボスティーを用意した。ジェシカの使う食器が気品の中に可愛らしさを混ぜた意匠なのに対し、サラの使うそれはシンプルで飾り気のない見た目をしていた。
(うん、これ。サラさんの趣味はシンプルでさっぱりしたもの。きっと昔からそう。あたし、知ってる)
ステラは自分がステラなのかニナなのか、少し曖昧になっていた。しかしそれは彼女にとって悪くないものだった。サラとジェシカ。会ったばかりだけれど、ずっと昔から知っている二人。長らく離れ離れになっていた親友に再会したような、爽やかな喜びがあった。
「あ、そうだ」
ステラは肝心なことを忘れていた。
「どうしたの?」
「ジェシカさん、あたし、結局何をすればいいの?」
「ああ、そうだったわね。具体的な話がまだね」
ジェシカはティーカップをソーサ―に置いた。
「あなたにはこれから一か月間、魔法の勉強をしてもらうわ」
「え、勉強……?」
ステラはぎくりとした。彼女はあまり勉強が得意ではない。家の近くの私塾に通ってはいるものの、お世辞にも成績は良くないのだ。しかしジェシカとサラは、まるでよく知ってると言わんばかりに口角をゆるませた。
「懐かしいな」
サラはくすっと笑った。
「ニナも最初は勉強が苦手でさ。私と一緒にジェシカに教わってた時期があるんだ。ちょうど十六、七のころかな」
「へー、そうなんだ」
サラとジェシカは心做しか寂しげに見えた。五千年経っても忘れられない、楽しかったあの頃。仮に二人が和解できたとしても、失われた時は返ってこない。
ともあれ三人は同じ方向を向いたのだ。事が動き出したのだから、勉強でもなんでもやるしかない。
「わかった! あたし、がんばる!」
「ありがとう。じゃあ、明日からしばらく魔法の勉強ね。眠りについたらまたうちのベッドに転送されるから、向こうでは普段通り過ごしてて」
「うん!」
ステラは元気よく返事をした。
「私のうちにも来てよ。今度は二人でマルシェに買い物に行こう」
「うん、いいよ。一緒に行こ」
「よかった。じゃあ勉強が終わったらうちに来なよ」
「うん!」
ステラはサラが喜んでくれるならと、彼女の誘いを気前よく承諾した。
「さあ、それじゃあ続きは明日にするとして、そろそろステラを此岸の世界に帰さないとね。お邪魔したわ、サラ」
「ああ、うん」
サラはジェシカと目を合わせずに返した。彼女はどう接していいのかわからなくなっているように見えた。ジェシカもまだぎこちなさが残る。二人が仲直りするにはまだかかりそうだ。
ステラとジェシカはサラの家を後にした。
帰路、ステラは気になっていたあることを尋ねた。
「ねえ、ジェシカさん」
「何?」
「何千年も生きるって、どんな感じなの? 退屈だったりしない?」
「え?」
ジェシカは宙を見て考えた。
「そうね……。たぶん、あなたが想像するほど退屈でもないと思う」
「そうなんだ。飽きたりしないの?」
「何かに飽きることはあるけど、それでも好きなものはずっと好きだし、一度飽きたものも久しぶりに触れると新鮮に感じたりする。そこは変わらないわね」
「ふーん」
ステラは次の言葉を待った。
「でも何もしてないと時間はあっという間に過ぎていくから、そうならないように、常に新しい何かを探しながら生きるようにはしてる。ニナがそうしてたから」
「ニナさんが?」
「うん」
辺りは少しづつ山吹色に染まりだしていた。近くの森からはコヨーテの遠吠えが聞こえてくる。
「ニナは歳をとっても明るく天真爛漫で、新しいことにも躊躇無く飛び込んでいってた。私はああはなれないけど、そうありたいとずっと思ってたの」
「ジェシカさん……」
そこでちょうど、視界の端にジェシカの家が見えた。
「さあ、もうすぐよ。今日はいろいろあったけど、協力してくれてありがとう」
「ううん。こちらこそ、呼んでくれてありがとう。サラさんとも仲良くなれたし、来てよかったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。明日から大変だけど、できる限り手助けするから、がんばってね」
「うん! あたし、がんばる!」
ステラの心は前向きだった。彼女は新しいことに積極的に飛び込んでいける。ニナがそうであったように。
ジェシカの家に着いて間もなく、ステラは再びベッドに横になり眠りに就くと、その意識は此岸の世界へと帰って行った。
ステラを送り返し、静かになった自宅でジェシカはつぶやいた。
「ありがとう、ステラ。それにニナも……」