屈折率とカール・ツァイス
一般的にはレンズによく用いられる屈折率。
実は、屈折率はあらゆる物質を検出・同定することにも使われる、便利な指標なんです。
では、屈折率とは具体的に何のことでしょうか?
Wikipediaに分かり易い解説があります。
物質中での光の進み方を記述する上での指標である。真空を1とした物質固有の値を絶対屈折率、2つの物質の絶対屈折率の比を相対屈折率と呼んで区別する場合もある。
(中略)
光がある物質から別の物質に進むときに境界で進行方向を変える現象(屈折)は、スネルの法則(屈折の法則)により屈折率と結び付けられている。
物質内においては光速が真空中より遅くなり、境界においては入射角によって速度に勾配が生じるために、進行方向が曲げられることになる。
(Wikipedia)
下のような図を教科書でよく見たと思います。
嫌になった人も多いんじゃないでしょうか。
僕もあまり得意ではありませんでした(^^;)
スネルの法則の模式図(Wikipedia)
この屈折率を使って表される、アッベ数という数値があります。
「透明体の色分散(屈折率の波長による変化)を評価する指標(Wikipedia)」で、光学において重要な数値です。
光学において分散とは、入射した光線が波長ごとに別々に分離される現象、またはその度合いのことをさす。媒体の屈折率が波長によって異なることによって発生する。(Wikipedia)
プリズムによる光の分散(Wikipedia)
具体的なアッベ数の話をすると長くなるので、詳細は割愛します。
もし、必要になったら調べてみて下さい。
アッベ数は光学ガラスの評価に使われています。
カメラや顕微鏡、望遠鏡などに使われるガラスですね。
アッベ数が大きいほど、分散は小さくなります。
分散は小さい方が良いんです。
というのも、分散は色収差に影響するからです。
カメラに詳しい方はよくご存じかと思います。
写真の下は右端のほうで色ずれが生じています(Wikipedia)
このような色ずれはレンズ材料の分散によって起きます。
薄いレンズほど分散は大きくなってしまうため、レンズを薄くするには材料の分散を小さくする必要があるんです。
実際には分散以外の要素も絡んできますが、そこまで触れると長く複雑な内容になるので割愛します。
分散の小さい=アッベ数の大きな材料が、光学レンズには必要なことがお分かり頂けたと思います。
このアッベ数、ドイツの物理学者・数学者のエルンスト・カール・アッベ(1840-1905)から名前がつけられています。
エルンスト・カール・アッベ(Wikipedia)
アッベはイエナ大学の教授で、物理学・数学・天文学を扱っていました。
1866年にカール・ツァイスの工場で研究所長に就任し、カール・ツァイス、フリードリッヒ・オットー・ショット(光学ガラスの開発者)と共に光学ガラスと光学機器の性能向上に努めます。
カール・ツァイス社は今でも有名な光学機器メーカーですね。
創業者のカール・フリードリヒ・ツァイスは顕微鏡レンズを作製する工房からスタートし、顕微鏡を量産するようになります。
ちなみに、エルンスト・ライツ(ライカ)も顕微鏡からスタートしました。
カール・フリードリヒ・ツァイス(Wikipedia)
そして、エルンスト・アッベを訪問して協力を要請、数学を光学レンズ設計に導入し、理論的な式を完成させます。
結果、レンズの性能は向上し、大きな利益をあげます。
ツァイス社は良質な材料と高い技術によって、世界的な光学機器メーカーに成長しました。優秀な人材が集まってきたこともツァイス社の成長を後押ししました。
その後、ツァイス社はアッベとカール・ツァイスの共同経営になります。
カール・ツァイスの死後は、息子のローデリッヒ・ツァイスとアッベの共同経営に変わりました。
さらに、アッベはツァイス社を公益財団とします。
アッべはツァイスの遺産の全額を受けたが家族の受けるべき最低限度額を除くすべてを棄権し、自らは一個の被使用人となり「財団」の奉仕者となる。そして特許権をすべて開放し、一切の私有と独占を財団から排除。そして学術研究のためにすべてをパブリック・ドメイン(知的財産を所有しない状態)に委ねた。
(Wikipedia)
財団とアッベは従業員の権利を重んじ、8時間労働を導入、勤務時間外の自由と無干渉を定款に明記しました。また、時間外労働手当や年次有給休暇なども導入しました。労働環境や制度の改善を重ねたことで、ツァイス社で働く人たちの意欲は大きく向上し、ツァイス社が光学機器分野で世界をリードする要因となりました。
今では忘れ去られていますが、時間外労働手当は残業を抑制する狙いもあったんです。
光学レンズ・機器の品質と精度の高さから絶大な信頼を得ていたツァイス社は、東西ドイツの分裂(ツァイス社も分裂し、技術者が流出した。ベルリンの壁崩壊後に統合する。)や競合他社の台頭もあり、かつてのように圧倒的な存在ではなくなりました。しかし、「カール・ツァイス」ブランドは今も健在で、多くの企業にブランドの使用を許可しています。
例えば、ソニーの製品によく採用されていますね。
ちなみに、明石市立天文科学館にあるプラネタリウムは、1960年の開館時に導入された「ツァイス・イエナユニバーサル23/3型」が今も使われています。稼働している投影機の中では日本最古です。
以前、光学材料の研究でアッベ数を測定したことがあります。
アッベ屈折計(https://www.atago.net/product/?l=ja&f=new/products-abbe-top.php)
どんなものか大雑把に説明すると、測定材料に光を照射し、分散した色をレンズで見て境界線を合わせます。すると、液晶画面に数値が表示されるんです(分かり難くてすみません...)。
ところが、見え方が曖昧で、境界線を合わせるのが難しい材料もあります(目がものすごく疲れます)。
そこで、アッベ屈折計(単に屈折率計と呼ぶこともあります)を長く使っている人にコツを聞いたらこう言われました。
「心の眼で見るんですよ。」
それがアドバイスなのか......
全然参考になりませんでしたw
最近の機種は境界線を合わせやすく改良されているため、以前より測定し易くなっています。
このとき、アッベ数の測定よりも光学材料の作製の方が大変でした。
光学材料なので僅かな不純物も許されない上、均一なものを作る必要があったためです。
研究材料とはいえ、いい加減なものを作ればいい加減なデータしか得られません。材料作製と使用機器の洗浄に細心の注意を払いました。
屈折率は材料によって異なるため、物質の純度や濃度を測定することに使うこともできます。
また、測定する材料が既知の物質かどうか知りたいときにも役立ちます。
*もちろん、その物質の屈折率データが必要です。
複雑な操作もなく手軽に測定が出来るので、原料や製品の簡易検査や品質管理にも使われています。
光学分野以外でも活躍しているんですね。