真島利行とウルシオール

日本の化学の黎明期、有機化学の礎を築いたのが真島利行(まじま としゆき/りこう)でした。
最初に東北大学で有機化学の研究室を立ち上げた真島は、東京工業大学北海道大学理化学研究所大阪大学でも有機化学部門を立ち上げ、多くの有機化学者を育てました。
日本の有機化学の祖と言えます。

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真島利行(Wikipedia)

有機化学は、有機化合物の性質や構造・合成法を研究する分野です。
基本的には、炭素を含む化合物が有機化合物になります。

多くの門下生の活躍や、各大学・研究機関における有機化学研究の発展は、彼なくして有り得ませんでした。
先日ご紹介した日本初の女性化学者、黒田チカも東北大学で真島に師事しています。また、黒田は理化学研究所時代も、真島の研究室で研究を行っています。

そして、真島利行と言えばウルシオールです。
漆器は、美しい光沢を放つ伝統工芸品です。
日本のみならず、世界的にも有名で人気のある工芸品です。
この漆の主成分がウルシオールなんです。

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漆(Wikipedia)

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漆器(林野庁HP:https://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/urusi/kougei.html)

真島は1896年、帝国大学理科大学純正化学科(現・東京大学理学部化学科)に入学し、大学院に進学後、助手を経て助教授になります。
しかし、当時の日本には有機化学を専門的に教えられる人物が居ませんでした。特に、実験手法を指導できるものが居ないのは致命的です。

真島はドイツの研究者が書いた論文を読むことで、研究手法を学びます。
当時、ヨーロッパ(特にドイツ)と日本の有機化学のレベルの差は天と地ほどありました。
そこで、真島は日本独自の物質の研究に着手します。
それが漆でした。

しかし、今と違って分析機器のほとんど無い時代です。
三山喜三郎の先行研究から、大まかな構造は分かっていましたが、詳細な主成分の構造をどうやって解明するかが課題でした。
その手法を探すため、真島はヨーロッパへ旅立ちます。
ちなみに、予測された構造はカテコールという物質に不飽和アルキル鎖のついたものです(実際には飽和アルキル鎖のウルシオールも混ざっている)。

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カテコールとウルシオールの構造(Rのアルキル鎖は一つではなく、複数種ある)

1907年、キール大学(英)のハリエス教授の下で研究を行った真島は、減圧蒸留装置も用いてウルシオールを精製します。
この装置に用いられていたオイルポンプは、日本で使われていたポンプより250倍も高い真空度を実現することが出来ました。
全然違いますね。

さらに、ハリエス教授が考えたオゾン酸化法で、二重結合の数や位置を調べます。
これがヨーロッパを訪れた最大の目的の一つでした。
オゾン酸化法を試した結果、複数のオゾン分解生成物が得られます。
つまり、ウルシオールは二重結合の位置や数の異なる複数の物質の混合物だったんです。これではどんな構造か分りません 。

その後、チューリッヒに移動し、リヒャルト・ヴィルシュテッターの下で研究を行います。
ヴィルシュテッターは、クロロフィルや植物色素の研究で1915年にノーベル化学賞を受賞した化学者です。
真島はそこで接触還元法を学びます。
これは、二重結合に水素を添加する方法のことです。

帰国後、接触還元法をウルシオールに試すと、無色の結晶が得られます。
そして、その結晶の融点は幅が1℃でした。
もし混合物なら、融点の幅は広くなるはずです(融点の異なる物質が複数混ざっているため)。
つまり、カテコールに付いている不飽和アルキル鎖の炭素数は単一だということが分ります(炭素数は単一でも、二重結合の有無や構造の違いはあった)。
これでウルシオールの構造の大部分が判明します。
その後、改めてオゾン酸化法を試すなどして詳細な構造を決定します(複数の分解生成物を調べた)。
ウルシオールの結晶化に成功したことは、生涯で最も喜ばしいことの一つだったと、真島は回想しています。

真島はその後も天然化合物の研究を行い、多くの成果を残しています。

ちなみに、真島の使ったオゾン発生装置は、大阪大学総合学術博物館に保管されています。

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真島の使ったオゾン発生装置(化学と工業  Vol.65-7 2012, p.535)

ウルシオールは、ウルシ科の植物に含まれている物質です。人の肌に刺激を与えるため、触ると漆にかぶれてしまいます。
特に、二重結合を持つもの(不飽和脂肪酸を持つタイプ)はかぶれやすいです。
漆の液にはラッカーゼという酵素が含まれていて、この酵素が空気中の水分から酸素を取り込み、ウルシオールを酸化反応によって高分子化させます
一見、ウルシが乾燥したように見えますが、実際には低分子のウルシオールが結合して高分子になることで硬くなっているんです。
色も黒くなりますよね。
要するに、ウルシオールの高分子化です。
高分子化によって強固な網目構造を作るため、高い耐久性を持ちます。
ただし、二重結合を持つため、紫外線には弱いです。
高分子化で使われるのは二重結合ではなく、水酸基の部分なんです。

空気中の水分から酸素を取り込んで高分子化が進むため、ある程度湿度が必要です。つまり、乾燥した晴れの日より、雨の日の方が硬化しやすいんです。
これは、漆に含まれる酵素のラッカーゼが、温度20~25度、湿度75~85%のときに最も活性化するためです。

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漆の工芸品(林野庁HP:https://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/urusi/kougei.html)

また、高分子化すればかぶれることはありません。
低分子の状態だとウルシオールが揮発するため、アレルギー反応が起きます。
ちなみに、マンゴーもウルシ科の植物で、ウルシオールを持っています。そのため、マンゴーでもかぶれることがあるんです。
二重結合を持つウルシオールは殆どの人がかぶれるので、構造解明の研究は大変だったでしょうね (^^;)

*真島利行のウルシオール関連研究資料は、日本化学会によって認定化学遺産 第011号に選ばれています。

〇参考文献
・化学と工業 Vol.65-7(2012), p534-535


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