アッシジ駅の思い出
引用の引用。
手を洗う私を、二人の少女は左右にきて、よくよく観察している。私もよくよく観察させてあげる。美人だなあ、と思っているのかもしれない。そうだと、いい気持ちだ。
武田百合子『犬が星見た ロシア旅行』(中央公論新社)
阿久津隆 『読書の日記』(NUMABOOKS)
で、思い出した。
イタリアのアッシジで滞在中のこと。毎日ひまで、その日も駅で友達とただ座っていた。もう夜が始まるころで、そろそろ帰るか…と30分以上の徒歩に思いを馳せていた時、向かいにおばあさんがよっこらしょと座った。目が合う。おばあさんは私を見て目を丸くした。「かわいいねぇ!」
えぇー
自分で言うのも何だが私はかわいくないです。母親に謝られるほど。向こうもビックリした顔をして、私もビックリしている。それまで「チネーゼ(中国人)!」「ニイハオ!」と笑われることはあったが「カリーナ(かわいい)」と言われたのは初めてだった。たぶん東洋人を見慣れていないのだろう。珍しいんだな、と思って、そうですか?エヘヘ、と濁していたがあまりにカリーナを連発するので、そして何より、珍獣を見るふうなので、だんだん笑えてきた。爆笑する私につられて爆笑するおばあさん。その「かわいい」は、「なんて小さな目なの!」というような意味合いだったかもしれないが、好意は感じたし一緒に笑って楽しかった。
それから少しお話したりして、留学中とはいえあまり現地の人との交流がなかったので、滞在許可をもらえたみたいで嬉しかった。
くどいけどとにかくヒマで、日中プラプラしてると知り合うのは働いてない人ばかりで、働いてない人というのは仕事がなかなかない移民が多く、だから外国人同士で駅のバルでぼーっとしていた。
ハイネケンをおごったりおごられたりして、つい生中のノリで飲むと「ゆっくり、ゆっくり」と注意された。店主の仕事をたまに手伝うとハイネケンをもらえた。
時々夕方に、日本人の女の人が来た。友達がこそっと教えてくれる。「あの人はペルージャで働いていて、たまに仕事帰りに寄っていく。いつも赤ワイン一杯」。なんで知ってんの?と聞くと誰かに聞いた、と。へぇ…。
カッコいいな、とか、もしここに住んだら自分のことも噂で広まるんだななにしろヒマな人が多いから、とか、思った。女の人の人生に思いを馳せる。
私はそのままアッシジに住みたかった。でもちゃんと大人な手続きをして、仕事も見つけないとダメで、このままずるずると滞在してクチコミで仕事をもらって、というのはもちろんダメで。
ビザ申請の大使館の人が怖かったというのを誰かのブログで読んで、もうそこで無理な私はやはり住むことは諦める。これは本物の滞在許可の話。
その女の人と話したかったけど、ワインを飲むその背中が私を拒んでいるようで、声はかけられなかった。私を?というより、あらゆるものから自分を守っているように見えた。こちらをチラとも見ずに、その人は駅を出て行った。