gellbeats

ラッパーのこと、行ったイベントのこと、聴いた曲のこと。主に日本のヒップホップのことを書こうと思います。クソ狭い範囲&特定の層にブッ刺さる事が書ければ

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最近の記事

King of Digginのスタジャン

欲しいものがいっぱいで、時間はあるけど金はなかった10代、20代。 レコード、服、スニーカー、週末のクラブイベント。 将来のことや貯金よりも、やりたいことに時間やお金をつぎ込んでいたけど、見てきたものや得た経験は自分の中で大きな財産になっていると今になって思う。 何年かは忘れたけど年明けに渋谷のsavage!へ行った時、丁度発売になったばかりのking of digginのスタジャンが売っていた。 凄く欲しかったけど、確か5、6万ぐらいして手持ちのお金では買えずパーカーかス

    • ライムスターがライブしにやってきた話

      ライムスター結成が89年、1stアルバム『俺に言わせりゃ』をリリースしたのが93年。2年後の95年に2ndアルバム『エゴトピア』をリリースして その頃京都にライムスターがやってきた時の話。 皆がクラブイベントや日本語ラップのライブ初体験がどんな感じだったのか、地方都市京都のクラブで、当時のオレがライムスターから受けた 『日本語ラップの洗礼』はこんな感じだった。 1995年10月27日の金曜 場所は京都の祇園にあったクラブ『COCONUT GROOVE』 オレが日本語ラップ

      • MUROやD.Lが愛したブランドelements of style

        ラッパーは自身がどんな音楽を作るのかは勿論、自分をどう魅せるかなど着る服のデザインやブランド、コンセプトに拘る人も多く、当時のヘッズもラッパーが何を選んで着るかにも注目していた。 95年当時、俺が音楽だけではなく、そのファッションも含めて好きだったのがMUROで、いわゆる当時流行ったB-BOYファッションと呼ばれるものとは少し違ったカッコよさがMUROにはあった。 MUROはstill digginで働いた後に渋谷にsavage!をオープンし、king of diggin

        • TWIGYのTシャツと私

          95年頃、YOU THE ROCKはカリスマ的人気を誇るラッパーだった。 今は人気がないとかいう意味ではなく、 当時はナイトフライトという深夜ラジオのパーソナリティをして 日本語ラップを公共の電波で発信し続け、雷というクルーの中心メンバーで活躍し、この頃リリースされたTHE SOUND TRACK'96はその時代を象徴する一枚となり、YOU THE ROCKのアルバムの中でも一番売れた1枚だったと思う。 そんなYOU THE ROCKが着ていたフクロウTシャツ。 当時のB

          前書き

          サラリーマンでお父さん。今はお小遣いで趣味のスニーカーを買ったりたまにCDを買ったり。通勤時間にヒップホップを聴くような感じです。 noteを書いてみようと思った切っ掛けは、twitterで流れてきたDJ GOSSYのnoteを読んで、インターネット普及前で今のようにsnsもない時代、日本のヒップホップで当時のテレビや雑誌などのメディアに載らなかった話や体験談をnoteに書き残してシェアするのは面白そうだな。と思ったこと。 noteを読んで初めて知ったんですが、私とDJ