見出し画像

【SS】寂しさを食らう

 おばあちゃんは、寒くなるとよく煮物を作った。今日は冷えるね、と言いながら朝食に出してきた筑前煮はちょっと塩辛くてとても食べきれなかったけれど、あつあつのそれを口に入れると布団から出たばかりの手足に血が巡った。朝からこんなもの、と母さんは嫌がっていたけれど、私はそんなに嫌いじゃなかった。
 うちは小さい頃から"父"がいなくて、母さんは朝から晩までばりばり働いていた。だから、毎日の食事はもっぱらおばあちゃんに頼り切り。おじいちゃんも一緒に住んでいたけど、いるのかいないのかわからないくらい居着かなかった。あとから聞かされた話では、近所の小学校で用務員と警備員をかわりばんこにやっていたらしい。働いている時以外は、競馬かパチンコにいそしみ、結局赤字を作ってくるだけの人だったと母さんは言っていた。
 私はうちからちょっと離れた私立の小学校に入って、進学に悩むこともなく、大学までするする上がっていった。いつの間にか母さんは資金を貯めて海外で事業を興した。残された私はおばあちゃんと二人で煮物を食べなくてはならなかった。食べきれないことが多くて、ゴミ箱がいっぱいになった。私は働けるようになるとすぐ、うちを離れた。
 おじいちゃんが亡くなって、三年ぶりに帰省したら、うちの中が大変なことになっていた。まず、玄関の前に立つと異臭がした。開けると一番に目に入るのが大鍋だ。足の踏み場もないほど積み上げられていて、異臭はその中から漂っていた。虫もたくさんいて、一時帰国した母さんが悲鳴を上げていた。
 おばあちゃんは鍋の山の向こうで、ぼうっと立っていた。ただ立っているだけじゃなかった。手にはお玉を持っていて、その手で鍋の中身をかき混ぜていたのだ。ねとねとといろんなものがひっついたお玉はどす黒くなっていた。
 家の中は業者に片付けられ、おばあちゃんは施設に入れられた。認知症になっていたらしい。おじいちゃんが亡くなったと報告してきたときの電話越しの声ははきはきしていて、とてもそんな風には思えなかった。医者はストレスで急激に悪化したのかもしれない、と言っていた。孤独になった人間はひどくもろい、とも。穏やかに笑っててきぱき家事をこなすおばあちゃんとストレスという言葉が上手く結びつかなくて戸惑った。親類もみんな困惑していた。ただ一人、母さんだけが納得したように頷いた。お義母さん、寂しいと煮物炊いてたものね、と。
 今、私は一人暮らしをしているアパートの部屋でケーキを焼いている。水曜日の深夜二時、明日も仕事があるのにどうしても眠れなくて起きてしまった。さて、どうしよう、と途方に暮れておばあちゃんのことを思い出した。煮物にできる野菜はなかったけれど、朝食に買っていたバナナと小麦粉、お砂糖、卵はあった。
 レシピを見ながら初めて焼いたバナナケーキはへなへなで、べちょべちょしていてぜんぜんおいしくなかった。たぶん、何かが足りなかったのだろう。噛めば噛むほど口の中がべたべたする。ケーキとも言えないような味なのに、なぜかほっとして、目の奥が熱くなった。あ、泣く、と思った瞬間だらだら涙が流れ出す。
 おばあちゃんはきっと、毎朝寂しさを煮詰めていたんだろう。一人で食べきれないくらい、胸に積もっていたんだろう。
 一口、二口、ケーキを食べる。あの頃の私が食べきれなかった分も、まとめて平らげてしまえそうな勢いで。食べきる頃には涙は止まっていた。
 明日はお腹を壊すかもしれない。でも、満足感の方が勝っていた。私は私の寂しさを食べてしまえる。だから、大丈夫だ、と意味もなく強気になって洗い物が山積みになったシンクにお皿を載せた。


 酸欠少女さユりさんが3月18日に結婚の発表をしたので、大好きな楽曲「ケーキを焼く」を聞きながら書いたSSを載せます。

その温かさは私にとってかけがえがなく、
この世が秘める可能性のひとつに触れたように感じております。

2024年3月18日午後8時30分 酸欠少女さユり@taltalasuka Xの投稿より

 世界の可能性が広がったという言葉選びが好きです。嬉しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?