双極性障害の俺が異世界に勇者として転生してしまった!
親愛なる同じ病と闘っているみなさまへ。
私自身も含め少しでも楽になれますようにと思ってこの読み物を書きました。
小説ではありません「読み物」です。気負わず開いてくれたらなと思います。
※専門家が書いたわけではありません!あくまで経験談を元にした架空の物語です!辛くなったら読むのを止めてね!※
上司:「ソウキョクセイショウガイ」だぁ?なんだそりゃ?
俺:はぁ、その……そう診断されまして。
上司:どこが悪いんだ?
俺:えぇとその、「心」が。
上司:はぁ!?
俺:ひいっ!ええと、双極性障害というのはですね、精神的な障害の一種でして、その気分の上がり下がりが激しくなるという病気でして、その。
上司:気分の病気だァ?そんなもの、それこそ気分でどうにかしろ!
俺:ど、どうにもできないのがこの病気でして、その。
上司:要はお前の欠勤が多いのは病気だからです、って誤魔化したいんだろ!それだけのためにこの俺を呼び止めたのか!?俺は忙しいんだ!!つべこべ言ってる暇があったらデスクに向かえ!!
俺:……やるよ。
上司:なんだと?聞こえないぞ!
俺:こ――こんな会社辞めてやるって言ったんだよ!!
俺:は~やっちまったな……。
俺の名前は未来 直樹(みらい なおき)。この度勢いで長年勤めていた会社をクビになったばかりの30歳だ。
俺は今絶望のどん底にいる。
俺は昔から、気分の浮き沈みが激しかった。それが顕著になってきたのが最近だ。いわゆる躁状態の時は仕事をバリバリこなせるのだが、急に来る鬱状態の時は布団から動けないほどの気怠さに見舞われる。ネットで検索してみたら、「双極性障害」という精神障害の症状と合致していて、診察してもらったらものの見事にその通りだったというわけだ。
「よかった、これは病気の所為なんだ、治るんだ」とほっとした反面、障害者というハンデを背負ってしまったことに焦りを感じていた。失業した、この先お金はどうなる?配偶者もいない、障害者を雇ってくれる会社なんて少ないだろう。不安が俺の背中を冷たく撫でる。息苦しくなってきた。辛い。会社をクビになったなんて、両親にすら言えない。
俺:(あぁ、死んだ方がましだな)
目の前には線路、定刻通り迫る電車。あぁ、今一歩踏み出すだけで、楽になれるんだ――。
?:そんなに苦しむぐらいなら、我輩のところに来い!!
俺:えっ!?
そんな声が聞こえたかと思うと、俺の身体はふわりと舞い上がって、視界は真っ白になり――気が付けば意識を失っていた。
?:起きてください勇者様。もう、お寝坊さんですね。
目が覚めると、俺の顔を覗き込んでいるのは、魔法使いの帽子を被った美しい少女だった。16歳ぐらいだろうか。
俺:うわっ!誰ですかあなたは!?
?:申し遅れました。私はこの世界の王様より、勇者様をサポートするように仰せつかったヴィータと申します。よろしくお願いしますね、勇者様!
俺:勇者様???俺が?
ヴィータ:はい。今から勇者様は魔王様の城まで赴くのです。それがあなたの目的です。
俺:(こ、これってもしかして、噂の異世界転生――!?俺、異世界転生しちゃったの!?しかも俺勇者なの!?超カッコいいじゃん!!)
ヴィータ:目をぱちくりさせて、大丈夫ですか?
俺:テンション上がってきた!俺って勇者なんだろ?さぁ!早く悪の親玉をぶったおしに行こうぜ!
ヴィータ:は、はい!参りましょう!
俺:(異世界転生してしかも勇者だなんてなんてラッキーなんだ俺ってば!勝ち組じゃないか!魔物倒してストレス解消、何より嫌な上司とも、「双極性障害」ともおさらばだ!)
――と、意気揚々と出発した俺だったが、翌日には昨日の無理がたたって動けなくなった。一方で魔物の群れをあっという間に一掃して見せたかと思いきや、スライムの一撃に瀕死を突かれて1日中宿で凹んで動けなくなったり。
俺:もしかして「双極性障害」、治ってない――!?
宿屋のベットで今日も横になりながら、俺は自責の念に駆られていた。傷ひとつないのに身体がだるくて動けない。ヴィータはそんな俺の隣で静かに本を読んでいる。
俺:俺……勇者なのにこんなので、ごめんな。
あまりにも申しわけなさすぎて、思わず口から零れた。ヴィータは驚いたような表情でこちらを見る。
俺:俺、勇者に向いてないよな。クズ過ぎるよな。俺みたいなクズ勇者なんて、いない方がましだよ。
そう言いながら、思わず涙が零れてきた。情けなくなって布団をかぶる。ヴィータは何も言わない。俺はそれを呆れられたと判断した。あぁ、きっとヴィータにも、王様にも、この世界にも俺は見限られるんだ――。
ヴィータ:そんな酷いお言葉、誰かに言われたのですか?
俺:――え?
ヴィータが目を丸くして首をかしげるものだから、俺も変な声で返してしまった。
ヴィータ:私があなたのことを、一度でも勇者に向いていないと言いましたか?クズと言いましたか?いない方がましだなんて言いましたか?私でなくても、誰かがあなたに言ったのですか?
俺:――言って、ない。
ヴィータ:そうでしょう、そうでしょう。
言われてみればヴィータは俺に対して一言もそんなことは言ったことはない。――それでも、
俺:言わないだけで思ってるんだろ。みんなもきっと。
俺の心はヴィータの言葉を素直に受け取れなかった。ヴィータはゆるゆると首を振った。
ヴィータ:思ったことはありません。でも、今の勇者様には受け入れがたいお言葉ですよね。確かに、私は思ったことはなくとも、出会った誰かのうちそう思っていた人はいるかもしれません。でも、直接言われない限りは、それは勇者様の気にするところではないのですよ。
俺:でも……。
「そんなの嫌われ者の勇者じゃないか」と言いかけて、喉が詰まる。
ヴィータ:勇者様は、嫌われるのが怖いのですね。
俺:――!
まるで心を読んだかのようなヴィータの言葉に震え上がる。
ヴィータ:安心してください。どんなに尊いように見える人物でも、どこかでは必ず嫌われています。それは私もであり、あなたも。それならば、自分を嫌う人たちよりも、自分を好いてくれる人に目を向けるとよいですよ。
俺:俺を好いてくれる人間なんて……。
ヴィータ:ここにいるじゃありませんか!……今は分からなくても。それに、今後現れるかもしれません!
俺:かもしれない、ねぇ……。
ヴィータ:ええそうです。それは明日かもしれませんし今日これからかもしれません。「生きる楽しさ」はそこにあるのですよ。
俺:生きる楽しさ、ねぇ。
俺が何気なく呟くと、ヴィータは途端に悲しそうな顔になって、毛布の上から俺の手を握った。
ヴィータ:どうして私がこのようなお話をするかというとですね、勇者様には「死の呪い」がかかっていることが分かったからです。
俺:えっ!?
俺は思わず飛び起きてヴィータを見た。ヴィータはいつになく真剣な顔つきで続ける。
俺:どういうこと……?俺死んじゃうの?
ヴィータ:ええ、一歩間違えれば、ですが。
俺はその瞬間、脳裏にはっとあの言葉が浮かんだ。
俺:それってもしかして、「双極性障害」――?
ヴィータ:勇者様の元居た世界ではそう呼ばれているのですね。勇者様の状態異常の多さについて、私なりに調べてみたのです。そしたらその原因はやはり、「死の呪い」でした。
「死」――その言葉を聞いた瞬間、俺はなぜかひどく委縮した。なんだか急に自分の症状がチンケに思えたのだ。
俺:双極性障害が「死の呪い」なんて……ちょっと大げさなんじゃないの?ちょっと気分の上がり下がりが激しいだけだよ?
ヴィータ:いいえ、決してそんなことはありません。
ヴィータは俺の手を握り、俺の目をまっすぐ見据えた。
ヴィータ:確かに気持ちが高ぶっている時は「死」なんて頭をちらつきもしないでしょう。しかし危険なのはその反動で来る気分の落ち込み状態なのです。そう、まさに今さっき、「俺はいない方がましだ」と言いましたよね?
俺ははっとすると同時に、芋づる式に俺がこの世界にたどり着いた直前の感情を思い出した。「目の前には線路、定刻通り迫る電車。あぁ、今一歩踏み出すだけで、楽になれるんだ――」。そう思って電車に飛び込もうとしたんだった。
「知らないうちに」「苦しみから逃れようと」「死を選んでいた」のだ。あぁ、確かにこれは、「死の呪い」かもしれない――。
ヴィータ:辛いことを思い出させてしまいましたか?申し訳ありません……。
いつの間にか堰を切ったように泣きじゃくっていた俺に、ヴィータは手を握ったまま謝った。俺はただ首を振ることしかできない。その後もヴィータは手を握ったまま、黙って俺のそばにいてくれた。
ヴィータ:申し訳ないのですが「死の呪い」はこの世界でも根深く、そこらの術師では解除できません。ですから、魔王の城へ向かうのです。
俺:へ……なんで?
ヴィータ:魔王こそが、死の呪いを解くことができる人物なのです。ですから、「死の呪い」を受けた者は皆すべて、魔王の城へ行くのです。
俺:なる、ほど。魔王って言うと倒すイメージだったんだけど、違うんだな。
ヴィータ:ええ。ちなみに魔王の城へ向かうように私に言いつけた「王様」も、魔王のことなのですよ。
俺:ええっ!?どういうこと?魔王が、自分で勇者を城に呼び込んでるってこと??
ヴィータ:さすがに最初から「魔王様の命で……」と言うと怪しまれてしまいますので……嘘をつく形になってしまったのは申し訳ありません。でも王様は王様でも「魔」王様、間違ってはいませんよね?
ちょっとだけ意地悪く笑うヴィータに俺はなんだか肩の力が抜けてしまった。
俺:わかったよ。とりあえず、俺は魔王の城に向かえばいいんだな?
ヴィータ:ええもちろん。ゆっくり、勇者様のペースでいいのです。勇者様の楽なペースで、魔王様の城を目指しましょう。
俺は少しだけ心がスッとほどけた気がして、その後はゆっくり眠った。
俺は何日か宿屋で休憩を挟みながら、自分の「無理のないペースで」魔王の城を目指した。――そして、
魔王:はーーーっはっはっはっは!よく来たな勇者よ!ここまでの長い道のりを越えたことをまずは褒めてやろう!
俺:おぉ……何だか知らんが唐突に褒められた。
魔王:「なんだか知らん」だと?お前はこの世界に来てからこの城までの道のりを、何日もかけてやってきたのだ。しかも「死の呪い」を抱えてだぞ?これを褒めずにどうするというのだ!
俺:わぁ!なんか思ってたより数倍やさしい!
魔王:優しいというより当然の「事実」だ。「実績」だ。まずお前はそれを認めろ。わかったな?
俺:は、はい!
ヴィータ:魔王様は何種族もの魔物を束ねる長です。部下からの信頼はばっちりなんですよ。安心してください。
魔王:そしてお前の「死の呪い」についてだが……我輩はお前の呪いを和らげることができる唯一の存在ではある。だが正直なところ完治するかどうかはお前次第だ。そして長い解呪になるだろう。
俺:魔王様でも難しいのか……。
魔王:でも心配するな。我輩の元には「死の呪い」と闘いながらも働いている連中がたくさんいる。「死の呪い」は一歩間違えれば恐ろしいものだが、手懐けることができれば怖くないものなのだ。我輩が責任をもってお前と共に「死の呪い」と闘おう。さぁ、我輩の手を取るがいい、勇者よ。
俺:あ!
俺は魔王に手を差し伸べられたその時、俺がこの世界に来る直前の一言を思い出した。
俺:「そんなに苦しむぐらいなら、我輩のところに来い!!」って、あれ、魔王様の言葉だったんだ……。
魔王:がっはっは!いかにも!
そんなこんなで魔王様とガッチリ固い握手を交わした俺は、今は魔王様の部下として働いている。魔王様が適性を判断してくれて、俺は軍の予算管理をする部署に入った(正直異世界にもこういう部署ってあるんだな)。でも、そこは元居た職場の経験が活かせた。魔王様はよくできれば褒めてくれるけど、俺がハイの時は指摘してくれる。魔王様の言った通り「死の呪い」に悩まされながら働いてる人間や魔物なんかもいて、今じゃ「死の呪い」あるある話に花を咲かせるのがストレス発散だ。みんな「死の呪い」の気持ちが分かるから、お互い辛い時には支え合ってる。
働くことが辛いのは元居た世界と一緒だけど、俺は少しずつ、「死の呪い」、「双極性障害」を持つ自分を受け入れることができるようになった。まぁつまり、ちょっとずつ自分のことが好きになってきた感覚だ。あとは魔王様の言う通り、手懐ければいいんだけど――これがなかなか難しい。まぁ、魔王様も難しいって言ってたし、ゆっくりやることにした。
「双極性障害」に限らず、心の病は「死の呪い」だと思う。一歩間違えば、「知らないうちに」「苦しみから逃れようと」「死を選んでいた」っていう結果になってもおかしくない。
だから放っておかないで、「生きることが辛い」と感じたら、すぐに病院に頼ってほしい。そして「無理をしない」で適切なケアを受けること。そして頼れる専門の場所に遠慮なく頼ること。
魔王城のような、「呪われても働ける職場」がきっとあなたにも見つかりますように。
おしまい。
あとがき
タイトルから物議を醸しそうで大変申し訳ないのですが、自分が「双極性感情障害」に悩まされる身であり、同じく悩まされている最中の方(自分含め)が勇気づけられる読み物が書けないかなぁと思って筆を執りました。
辛い描写の方が多くて読むの止めちゃうかな。辛い時は読まないでくださいね。
あんまり文字数が多くなっても目が滑るかなぁと思って読みやすさを目指したんですが結局文字多いですね!笑
あと「うつは心のガンだ!」――という田中圭一先生の「うつヌケ」の一言がとても印象に残っていて、「ガン」を「呪い」に変えてみました。書いてる途中から言ってる内容「うつヌケ」と変わらないな……と思い始めてきましたがそこはやっぱり辿ればそうなるのかなって。「うつヌケ」、読んで損はないと思うのでぜひ。
私自身が現在進行形で闘病中なので、いつか魔王城みたいな働き方or働ける場所にたどり着きたいなと思って願掛けのように書いたお話でもあります。いつか見つかると良いな。私にも、読んでくださったあなたにも。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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