見出し画像

どうしてキッチンカーを始めたのか

みなさん!

どうも

こんにちは

激うまバインミーです。

無駄に改行を使ってみましたが特に意味はないです。

今回はどうして私がキッチンカーを始めたのかお話しさせていただければと思います!

私は大学を卒業して当時一部上場していた大手中華料理店の会社に入社しました。
約5年間在籍のうち、3年間は店長としてお店のマネジメントをしながらお店で勤務しておりました。
店長になった時は入社して2年目で、謎の大抜擢を頂き、私としては懐の大きい会社だなぁという印象でした。
しかもこれから新しく作るお店の店長とのことで、私が最初にお店の住所に立ち寄った時はまだ前の居酒屋さんの外装のままでした、、笑

お店の工事が8割ぐらい終わったところで、工事の合間を縫ってお店を使っても良いよとお話を頂いたため、初めて店内に入りましたが、さすが居酒屋の跡地だなという汚れ具合だったのを思い出します。。笑
もちろんお店の設備や備品なども何もなく、掃除すらこれからというところから始めました。

アルバイトも閉店した居酒屋で働いていた人が何人か来てくれるかもしれないぐらいで、基本一からオープニングスタッフを集めていくことにもなりました。
それでもシフトをしっかり埋められるほどの人員は集まりませんでした。
埋められるほど人員がいたとしても全員が未経験なので、そのあたりも店長である私がすべて教育していく必要があります。
集まってくれた方々に開店前に何回か研修など行い、接客、調理、仕込みなどなど自分で教えながら、お店のルールやポジション作り、マニュアル作り、物の配置決めなどなど一つ一つ自分で決めていく作業を行っていきました。
大手チェーン店で、メニューや材料などは決まっていますが、細かな営業方法はお店によって全然違うため、細かく指示していく必要があります。

そんなこんなで何とかオープンすることができ、オープンから数日は営業開始前から行列ができるほどの繁盛ぶりでした。
オープンしてからも人員の確保、教育がずっと必要で、人材に余裕が出てきたのは1年近く経ってからだったと思います。
特に調理は、大きな中華鍋を使っているため、一人前になるまでに数か月、しかも順を追って何度も根気よく教える必要がありますが、スタッフはアルバイトしかいないので、どのタイミングで誰に教えるかも重要です。
週一回しか働かない人に教えてもしょうがないですからね。
ですが、長時間シフトで週に何度も働いてくれる人はそうそうおらず、しばらくの間は私しか中華鍋の調理できる人がいないお店でした。
そうすると休みどころか休憩もほとんどとれないという環境でした。

そんな中でも少しづつアルバイトに協力をしてもらいつつ、調理を教えていき、結局午前中はパートの女性の方、夕方以降は大学生の女の子に大きな中華鍋を担当してもらって私は休んでいました、、笑
今思うとちょっと悪いことをしたかなと思いますが、、笑

その後も売り上げは安定していき、1年たつ頃に初めて私以外の社員を入れてもらえることになり、ようやくちゃんと休みが取れる環境になっていきました。笑
こんなこと書いてたら怒られそうでちょっとこわいですが、、笑
ですが、1人目の社員はたしか半年たたず辞めましたし、在籍中も従業員ともめたり、年下の私に説教させるほどの方でしたが、、

そうこうしている中、お店をオープンしてから2年程でまた違うお店の店長になれと会社から辞令を受けました。
ずっと大変な毎日でしたが、ずっと大変でもこのお店に残りたい気持ちの方が大きくなっていました。

そう思えた理由は、ほとんど自分で作ってきたようなお店であったからだと思っています。
チェーン店でやることは決まっていますが、どうやるかは決まっていない中、そのすべてを自分で考え、自分で運営してきました。
アルバイトの面接や採用、時給まで店長で決めることができましたし、お店の権限は基本店長が持っており、上司やエリアマネージャーなどからアドバイスや指導は受けますが、実行は全て店長でした。

なので、お店の隅々まで自分で把握していましたし、スタッフも自分で面接して教育していたので、とても思い入れのある環境でした。
それを別の人に店長を受け渡すのはとても心ぐるしいものがありました。

そうはいっても会社の決めたことなので、他店に行ってしまう日は決められることになりました。
そうすると、スタッフたちから送別会をしたいと提案してくれて、最後の出勤日の終わりにみんなで居酒屋に行きました。
お店の閉店時間は23時で、片付けが終わっても23時半ごろなのにも関わらず、スタッフの多くが参加してくれました。
みんなからのメッセージが書かれた色紙や誕生日用みたいなケーキに「店長今までありがとう」と書かれたチョコプレートや、両手で持ちきれないぐらいのプレゼントまで頂きました。
初店長で、できてないこと、間違っていることもたくさんあったとは思いますが、それでもこんなに慕ってくれていてすごく感動し、本当に忘れられない日になりました。

スタッフのみなさんには大変な思いをさせてきたと思いますし、パートの女性や、大学生の女の子に中華鍋を担当させていたのにも関わらず、むしろこの二人からのプレゼントの方が多かったり、送別会を主催してくれたりだったので、驚きや嬉しさが大きかったです。

初店長のお店はたった2年程で引継ぎとなりましたが、そこで強烈に飲食店の楽しさに惹かれてしまいました。
料理を作ってお客さんに目の前で喜んでもらえたり、どうやって運営していくのがいいのか悩んだり実行したり、スタッフたちと良い関係を作って楽しく働いたり、どれもすごく魅力的でした。

結局5年で飲食店を辞めて、別の仕事を始めましたが、ずっと飲食店の楽しさが頭にずっと残り続けていました。
そんな中、別で始めた仕事は土日が基本的に休みで、体力的にも楽ではあります。
しかも、飲食店で働いていた時はほぼ休みがなかったので、趣味なんかもなくなっていました、、笑
そうすると土日にやることがなくなって、何をしたらいいのかそわそわする休日を過ごすことになりました。
ゲームとか漫画とかにはまってしまうと、時間がもったいないような気がして、他に何かできることはないかなと探していた中、やっぱりどこかに飲食店をしたいという頭があったのだと思います。
そんな時に、たまたまどこかでキッチンカーを見かけ、興味をもって眺めていましたが、これなら自分でもできそうだと思い、しかも飲食店と同様に楽しそうと思ったので、思い切ってキッチンカーを始めることになりました。

長くなりましたが、以上がキッチンカーを始めたきっかけです。

キッチンカーも、同じ飲食店と思っていますし、以前働いていた中華料理店もマクドナルドもライバルだと思って戦っていきたいと思っております。
まずはマクドナルドを打倒するのが目標ですが、ついでにあの中華料理店も踏み台にしていきたいと思います。
まだまだ先は長そうですが頑張りますので応援の程お願いいたします!

以上今回もお読みいただきありがとうございました!
明日もどうぞよろしくお願いいたします!!


いいなと思ったら応援しよう!

激うまバインミー
お金くれたら喜びます。