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柳家小三治師匠へ

今朝、柳家小三治師匠が亡くなったことを知って。

ショックで、しばらく動けなかった。

私、来月の高座のチケット、持ってるのに。

いなくなっちゃったなんて、ちょっと信じられない。

もう、師匠の高座を直接、見ることができないなんて。

信じたくない__。

…そうはいっても、ね。

小三治師匠自身はきっと、清々してるんだろうなと思う。

人間国宝なんて、国から毎月お手当てもらってりゃあ、滅多なことはできないし。

リウマチ持ちで、何年か前には頚椎の手術もして、確か歯茎を切開して痛いなんて言ってたこともあったから、そこらじゅうにいろんな痛みがあったはずで。

そんなうっとうしさから一気に開放されて、身軽になって。

いまはウキウキと末広亭の上空あたりで、大親友の扇橋師匠といっしょに、冗談を飛ばし合ってるんじゃなかろうか。

数年前に、ずっといっしょに過ごしてきたパートナーを亡くしたとき「人の“死”って残された者のためにあるんだな」と、思ったのだけれど。

いま、その思いが、確信に変わった。

だって当人にとっては、ただの通過点に過ぎないもの。

でも、もう同じ空間で、師匠の息づかいを感じることができなくなった私たちにとって。

師匠の高座は、“特別なもの”になって。

肌感覚として伝わってきた師匠の芸への想いは、私たち自身が生きてゆく、貴重な指針となって。

これからも北極星のように、頭上で輝き続けてくれる。

私たちが進みたい方向を照らす、道しるべとなってくれる。

十代目・柳家小三治師匠__。

本当に、本当に、お疲れさまでした。

いつでも“とっておき”を見せてくれて、ありがとうございました。

どうか、身軽な自由を心ゆくまで楽しんでください。

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