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イジゲンメトロ -4
私たちが通っていた小学校は、立派な区立のスポーツセンターになっていた。まだできてからそれほど経っていないらしく、木を組み合わせて建てられたオシャレな建物は、隅から隅までピカピカだった。建物の向こうに見える芝生も、朝日にきれいに映えている。
浜田くんが来る前に、私は周囲を一周してみた。開館は九時なので、まだ中に入ることはできなかった。それでもかつて裏門があった場所は、だいたい見当が付いた。
正面玄関に戻ると、浜田くんらしき姿があった。ミホが言っていた通り、すっかりデブっちょの面影はなくなっている。
スラリと背が高く、デキるビジネスマンの休日といった感じだ。着ているものもオーソドックスなカジュアルウェアではあるけれど、良質な素材が使われているのが見て取れる。
目が合うと、あちらもすぐに私だと分ったようで、足早に近付いてきた。
「相原さん、だよね? どうして分ったの、向こうが手を引くって?」
彼の放つエネルギーがまぶしくて、私は目を細めた。半分、意識が飛んでいた。異次元に、引っ張られている。
「相原さん!?」
強く呼び掛けられて、我に返った。興奮しているのか、耳を赤く染めた浜田くんが、こちらを真剣な表情で見つめていた。
「あ、ごめん。おはよう、久しぶりだね」
まだぼうっとした頭のまま言うと、浜田くんは怪訝そうな顔をした。
「あいさつなんていいからさ、どうしてあいつらが撤退するって分かったの? 教えてくれよ」
あいつら? 撤退? しばらくのあいだ、意識の焦点が合わなかった。そうか、お父さんの会社の話だ。
「私じゃないわ、キイちゃんから聞いたの。サトシくんの会社の乗っ取り話は、いちばんいい形で決着するから心配しないで、って」
浜田くんはそれを聞き、私を避けるように身を引いた。
「やめてくれよ、それ。サトシって呼びかた」
言われてはじめて、気付いた。そうか、サトシくんって呼んでたの、クラスでキイちゃんだけだったかもしれない。
「ごめん」
「いや、別にいいんだけどさ。ちょっと鳥肌、立っちゃった」
そう言って浜田くんは、右腕を上げて見せる。ホントだ、寒イボだ。私はそれを見て、つい吹き出してしまった。
つられて、浜田くんも笑い出す。
「ま、相変わらずのチキンですよ、オレは。会社では、エラそうにしてるけどさ」
ツボに入ってしばらく笑いが止まらない私を前に、浜田くんは恥ずかしそうに頭をかいた。
「ごめん、大笑いしちゃって。でも今日は、来てくれてありがとう」
「そんなに何度も、謝らないでよ。なんか、オレがいじめてるみたいじゃん。こっちこそ、相原さんに教えてもらってさ、なんか腹が据わったというか。あの電話の後はちゃんと、こっちの希望もしっかり伝えられたから。すごい、ありがたかったよ」
そうか、キイちゃんにはそれが見えてたのかもしれない、と私は思った。だから、いちばんいい形で決着すると言ったんだ。あくまでも、浜田くんにとってという意味で。
確かに彼は、だいぶたくましくなっているように見えた。
「で、これからどうする?」
浜田くんの問い掛けに、私は来た方向を振り返った。
「その角を入ると裏門のあった通りに出られるから、とりあえずそこを、歩きたいんだけど。いい?」
「もちろん、いいけどさぁ……」
何かを言い掛け、浜田くんは言葉を呑んだ。
「まぁ、いいや。今日は何も言わず、付いて行くことにするわ」
思い直したようにそう言うと、浜田くんは手のひらを上に向け、私を促す。
そのしぐさが思いのほか可愛らしく、私は一歩を踏み出しつつ、笑みを隠した。