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少女…ナオミの場合…【短編朗読戯曲】


劇団ロオル 短編戯曲 作・本山由乃

劇団ロオル公式サイト


少女…ナオミの場合…


語り部 
ナオミ 


語り部 たくさんの物語があります。
ずうっと昔から、つむがれてきた物語たち。
その中でひとつ。
神々が人間とともに居た頃の物語。
ピュグマリオンという彫刻家がいて、彼は自分の彫った彫刻に恋をする。
恋を成就すべく、彼は愛の女神アフロディーテに頼んだ。
人間となった彫刻像、でも彼が愛したのは彫刻の彼女なの

人間である彼女は、愛されるのか。

あたしのことをみんなは悪魔だというわ。でも、あたしは女神だった、あの人の中では。
あたしはわがままなんて言ったことなんかないわ。あたしはいつだって、素直だっただけよ。

『よく世間では「女が男を欺す」と云います。しかし私の経験によると、これは決して最初から「欺す」のではありません。
最初は男が自ら進んで「欺される」のを喜ぶのです、惚れた女が出来て見ると、彼女の云うことが嘘であろうと真実であろうと、男の耳には総べて可愛い。たまたま彼女が空涙を流
しながら靠れかかって来たりすると、
「ははあ、此奴、この手で己を欺そうとしているな。でもお前は可笑しな奴だ、可愛い奴だ、己にはちゃんとお前の腹は分かってるんだが、折角だから欺されてやるよ。まあまあた
んと己をお欺し・・・・・・・・・」
と、そんな風に男は大腹中に構えて、云わば子供を嬉しがらせるような気持で、わざとその手に乗ってやります。』
谷崎潤一郎 痴人の愛

ナオミ ナオミは妖婦だって、みんな陰でそういうけれど、あの人はそれでも、あたしを女神だと言ってくれるわ。
あたしはいつだって一人だった。
うちは貧乏だったから、あたしは働きに出て、すくないお給金で家を支える。それが当たり前だったし、そうあるべきだと思う。仕事のない日は家の仕事、母親だって休めなんて一言も言わない。働ける者が働く。それでいい。水仕事をしながら考える「たられば」の空想、掃き掃除をしながらのささやかな「灰かぶり」の夢。それだけで十分だ。あたしはいつだって一人、あたしだけの世界で幸せになれた。
毎日毎日、身を粉にして働くのは、つらかったけれど、すくなくともあたしは、苦痛とは思っていなかった。

それをあのひとは、何を思ったのか、偽善的で、とても自己満足な提案で、あたしの生活を奪っていった。
そう、それは自己満足の我侭。あたしがいいえと答えたら一体どんな顔をしたかしら。あたしはいいわと言って、あの人の誘いに乗ったけれど、あの人は不思議な面持ちをしていたわ。嬉しいような、それでいて不可解だといぶかしそうな顔。
それがとてもおかしくて、あたしはそれで満足したの。
あたしはこのひとの言うとおりしよう。
そう決めたわ。
あたしはこのひとの望む女になる。

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