読書記録(2024年 11月)
ほぼ『大江健三郎全小説』だったので、他の本をあまり読めていませんし、特に美術関係の本は今月は少ないです。
文芸書
①ヨン・フォッセ『朝と夕』
面白い、読んでいてい楽しい類の小説ではないですが、心の栄養にはなる一作。生と死を見つめることは生活の中で可能でも、それを小説にすると途端に紋切り型に縮んでしまう重いテーマですが、それを叙情的に上手く書きだしています。このあと他のフォッセも読んでみましたが、個人的には本作が一番良かったです。
②インゲボルク・バッハマン『三十歳』
戦後のオーストリア文学はなぜこれほど豊穣なのか首を傾げたくなりますが、もっと日本に紹介されてもいいバッハマンの作品。登場人物が皆どこか社会不適合者であるのもいいです。読み応えとは別に芸術性と文章の詩的度だけなら岩波文庫の出している短編集では一番だと思いましたし、再版が待たれます。三十歳くらいの読書家にお勧めです。
③ミラン・クンデラ『冗談』
冗談で書いた言葉で前途が崩壊する、という突拍子もないストーリーは一周回って現代の方がリアリティを持ち、恐ろしい時代だなと思うのですが、自分の人生が間違いや失敗によって形作られていくことの滑稽さがこれでもかと描かれています。冷戦期のチェコに興味があるなら一読を。
④石川美子『山と言葉のあいだ』
ロラン・バルトの翻訳で有名な筆者のフランス旅行記ですが、舞台は南仏とスイスに近いシャモニーなどで、パリ以外のフランスの奥深さが綴られています。多くの小説家や芸術家が登場し、それが自分の山岳体験と響き合うことで、自然と文化が綺麗に溶け合った見事な随筆だと思いました。色々な作品の案内にもなっており、世界が広がります。
美術書・専門書
①佐藤直樹『東京藝大で教わる西洋美術の謎とき』
前作「見方」がヒットしたことで続編が出ましたが、こちらは西洋美術初心者にはまず読み通せない、著者の思考や選択がより専門的になっています。ただ12章の、これからの美術史の在り方を考えるヴァールブルク論は、美術だけでなく文化史全般を学んでいる人にも読みごたえがあるところだと思いました。
②小野芳朗編『〈妄想〉する未来』
「アート思考」という謎ワードは巷でも耳にするようになりましたが、本書は京都の地方創生とデザインによる協働の過程をまとめ、そのなかでどのようにイノベーションを生み出せるかという目的のための「アート思考」が述べられています。とても実践的ですし、最新の京都論としても読めるものとなっています。
③川口幸也編『ミュージアムの憂鬱』
2010年代のミュージアム事情からこの先の美術館や博物館はどうなるのかを考える論集。南アフリカの現代美術館からあいちトリエンナーレ2019までもりだくさんですが、基本態度としてミュージアムというものを無批判的に「良いもの」とする態度は完全に消えていて、不平等や人権思想の踏み絵や歪みの具現化の面が強く打ちだされており、近代の反省という雰囲気があります。博物館学に興味がある方は必読です。