好きな版画つれづれ②
西洋美術における版画芸術最高の表現者はレンブラントです。これはおそらくほとんどの美術史家が賛同すると思われる、数少ないもののひとつと言っていいでしょう(本当か?)
《三本の十字架》に見られるような光と闇のコントラストはレンブラントの題名詞ですが、油彩画よりも版画の方にその感性が発揮されていると思います。そもそもレンブラントの油彩画の闇の暗さはニスの褪色によるもので、本来の暗さではありません。《夜警》も本来は夜ではないというのが美術史界隈では普通に言われています。ですから今の私たちが思うレンブラントの光と闇の印象は、少し留保が必要なのです。
しかし本作は徹底的に光と闇の探求がなされています。中央部のキリストと周りの明るい人物たちはエッチングで描かれており、暗い部分と左側の群像はドライポイントという表現です。この描き分けが濃淡や陰影以上に表情の差を生み出しています。
彼は最高の計算を死ぬまで追求した学究の芸術家でしたが、一枚の版画に全く違う技法を重ねることによって、光と闇を線の濃さで区別する程度だった先例たちを超えて、質的に異次元の輝きと暗がりを生み出したのです。技法と技法の選択そのものに本質が宿る版画芸術の象徴ともいえる作品です。
レンブラントは聖書のさまざまな喚起を使用して、芸術家の非常に個人的なビジョンに従い、ゴルゴタの丘に普遍的な意味を持たせるためか抽象的な場所にしています。「大地が震え、岩が割れ、墓が開かれた」という記述に従い、その場を囲む岩の建築が唯一の重要な場所となるのも、本来的な聖書の記述を順守したものになっています。
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