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エストニア美術🇪🇪探訪

極寒のエストニア。首都タリンは鈍重な灰色の圧が脳にのしかかってくるようでした。

人はあまり歩いておらず、幾何学的な郊外の街並みはソ連的な雰囲気が色濃く漂っており、氷点下の冷気よりもそちらに身が堪えます。

こちらがKUMUと呼ばれるエストニア国立美術館です。日本で言えば国立近代美術館のようなもので、エストニアの古〜近代美術品が並んでいます。最近は日本のチームラボの作品が置かれるなど、現代アート関係とのコラボもやっているそうです。

では中に入ります。

近代

最初期のエストニアの画家はグスタフ・アドルフ・ピッピウス(1792〜1856)です。エストニア生まれでウィーン美術アカデミーに学び、その後イタリアへ。現地のナザレ派と交流を持ちます。その後はドイツ圏を周り、ロシアのサンクトペテルブルクで活躍します。

1849年からは故郷に戻って、母国エストニアの民族衣装を着た肖像画をたくさん描いており、典型的なナショナリズム時代の画家です。

どちらも1852年に描かれたピッピウスの作品ですが、エストニアのナショナリズム形成と美術史にとって重要な立ち位置を占めているようでした。

Eduard Spoerer《墓地の風景》1891年
Rudolf Julius von zur Mühlen 《海辺》1883年

19世紀半ば以降の絵は風景画が良いと思いました。新古典主義の典型みたいなものがそれなりにありましたが、それらは生気がなくつまらないと個人的に感じます。

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