「不遜」って書ける?
「私だ!」
受話器越しに半沢直樹で三話くらいから登場しそうな悪役頭取のイメージで低い声が響き渡る。
世界中の人が自分のことを知っていて、ナンバーディスプレイにその番号が出ていて、電話を取った人は自分が名前を名乗らなくともわかってくれるはずという前提で話す、そんな顧客がいる。
ある分野では世界的に有名だが、かなりニッチな業界なので彼の認知度は先日の都知事選の投票率よりはるかに低い。
かなりの高齢なので親も兄弟も亡くなっているだろうが、この態度で電話がかかってくると
「親の顔が見たいわ」とつぶやきたい衝動に駆られる。
アメリカのとうもろこしの毛のようなトップが日本人になったらこんな感じかな、という横暴さでいつも話す。
顧客の住む県とこちらの会社がまるで隣り合わせの机かのように、「すぐ来い」の電話だ。
残念ながら彼は当社の顧客歴が長いために、代表電話ではなく直通ダイヤルを知っていて、ゆえにダイレクトコールとなる。
「私だ!」の次は、いきなり本題に入る。
受話器を取ったのが部署の誰でも構わない。
俺の言うことを聞けとばかりにまくしたてる。
最初のうちはいちいち反応してしまっていたが、こちらも慣れてくるもの。
「私だ!」と言われた後は、「どちら様でしょうか?」と必ず返す。
そもそもそんな態度取るのはお前だけやけどなっと思いながら。
先方のイラつきがさらに激しさを増す。
「私だ!〇〇の私だ!」
この段階になると、このまま血管を一気に膨らませてやろかしら、となってくる。
彼の要件は「私だ!」の後ですでに聞いているのでわかっているのだが、
「どういったご用件でしょうか?」
とさらに畳みかける。
「さっき言ったではないか。今からこちらに来れるかどうか確認したまえ」
は?なんでよ。
そもそもその内容ではクレームかどうかもわからへんやん。
君の部下の使い方がまずかったか、指導が間違ってたんやないかもしれへんやん。
前もそうやったやんか。
ホンマに毎回毎回ふざけてるわ。
「承知しました。後程折り返し日程のご連絡をさせていただきます。ご連絡先の確認ですが、
△△様でしたね?」
彼が意識しているライバルの名前を、気の利かないアホな社員の口がつい滑ってしまった~的に意図的に返す。
もちろんさらに彼はブチ切れる。
「私だ!○○だ!」
さ、お腹も減ってきたしそろそろ電話切ろ。
あと少しで血管切れるはずやけどね。
「○○様ですね。いつもお世話になりありがとうございます。少々お時間いただきますが、どうぞよろしくお願い致します。」
ガチャ。
11時55分。ぴったりやわ。
温かいお気持ち、ありがとうございます。 そんな優しい貴方の1日はきっと素敵なものになるでしょう。