そのホテルの宴会課が出す料理は確かに旨かった。特に〈洋食部門〉は秀逸であった。
ホテルの宴会料理というものは、1度に多くの料理を作らなければならないので、上手く仕上げるには相当の熟練技術とセンスが要求された。
それでいて実に旨い料理を出しているのだから、当然、調理場には発言力があり、宴会課のイニシャティブも料理人たちが握っていた。
・・・・・・・
僕がそのホテルの宴会課でウェイターの仕事をし始めてからまだそんなに日が経っていない頃であった。
50名ばかりの宴会のその日のメニューは〈フレンチコース料理〉だった。〈フレンチ料理〉の始めに出てくるのが〈スープ〉だ。
その日のスープは〈コンソメタピオカスープ〉であった。アラジンの魔法のランプを丸くしてデッかくしたような銀製の〈チューリン〉という入れ物に、丁度10人分のスープが入っていて、それをお客様に配っていた時である。
まだあまり仕事に慣れていない僕は、1人分のスープのポーション取りを多めにしてしまったために10人目に配るスープが無くなってしまったのだ。
他のサービス員のチューリンもほぼ空になっているので、渋々怖い調理場にいって追加のスープを出して欲しいと頼んだ。
「すいません!」
すると中から怒声が返ってきた。職人の気は荒い。
「あ~っ?なんか悪いことでもしたんかぁ❗️」
「いえ、コンソメスープが1人分足らないので追加を下さい!」
「なに~っ❗️そんなもんあるかっ❗️こっちゃぁキチッと人数分を出しとるでっ❗️」
「あの~お客様が待っておられるんです」
「知るかっ!そんなこたぁ❗️」
ニベもなく断られた。
そこへ宴会副支配人が通り掛かったので、藁をもすがる思いで事の由を説明した。
「そうか、ポーション取りを間違えたのはお前が悪いぞ。以後気を付けろよ」
副支配人はそう言うや調理場全体に響き渡るような大声を挙げた。
「スープの1杯くらいトットと出したらんかいっ❗️」
その声は、日頃、皆んなから陰で囁かれている〈ニヤけた遊び人〉のイメージからは想像も出来ない程のドスの効いたものだった。
あんなに横柄だったチーフが一瞬ビビったあとにこう言った。
「おい、チューリンこっちによこさんかい!」
副支配人の、あのたった一言で、宴会課の主導権が調理場から副支配人に移った瞬間であった。