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30代からの語学8 ノートを取るための戦略

私が大学で中国語を教える時、必修クラスだと30人を越える学生がいることが普通だ。必修の指定が外れた上級科目になるにつれて人数がどんどん減っていき、最上級の演習クラスになると例年一桁にまで減っていく。

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それでも学生が一人だけしかいない、つまりマンツーマンの状態になってしまうことはまずない。正直に言ってしまうと、マンツーマンになってしまったら大変困る。というのも、大学の授業は基本的に「教師→学生」の単方向性が強いのだが、マンツーマンレッスンは教える側と教わる側の双方向の協力がないと成り立たないからだ。

マンツーマンレッスンの成功のためには、教わる側も積極的に関わらないといけない。教わる側が主導権を握らないといけない時も珍しくない。うまくコミュニケーションが取れているときはレッスンも非常に楽しくなるが、こういう時ほど忘れてしまうことがある。そう、ノート取りだ。

ノートを取るのは意外と難しい。

ごく当たり前のことだが、レッスン内容を復習したり後日振り返るためにはノートに記録する必要がある。しかし、外国語の会話をしながらノートもきっちり取れる人なんてほとんどいない。通常ノートは静かに集中しないと書けないものだし、書くスピードは話すスピードよりも遥かに遅いので会話との同時処理は無理だ。

そのため、マンツーマンレッスンではノート取りに本当に苦労する。「今、講師の先生が質問した時の疑問構文、自分ではなかなか思いつかないから記録したい!」と思っていても、雰囲気的にはまずその質問に答えないといけない。で、答えてしまうと講師の先生はすぐに次の質問に進んでしまう。「あ、さっきの疑問構文、書き取る前に忘れてしまった...」とレッスン後に振り返るがもう思い出せない。

ノート取りの関門になることはまだまだある。特にきついのは「ノートに取りたい内容は基本的に知らない単語がたくさん含まれていること」である。そもそも既に知っている単語や表現をノートに取る必要はなく、記録を残したいのは未知の単語や表現の方だ。しかし、知らない表現をすばやく記録するのは想像以上に難しい。まず、スペルが分からない。そして、スペルを尋ねると日本語とは全く違う説明の仕方だったりする

例えば、ベトナム語レッスンで"hc"「学ぶ」という単語のスペルを尋ねたとしよう。日本語母語話者が説明するなら 「エイチ、オー、シーで、下に点」みたいな説明になるだろう。でも、ベトナム語母語話者だと全く違う。

h  o  ho  c  hoc  nng  hc

ベトナム語を知らなくても、何がどうなっているのかよく分からないことだけは察してもらえるだろう。アルファベットやスペルの読み方自体が言語によってかなり違うのだ。これを戸惑わずにすばやく記録できる人は、そもそもこの記事を読む必要がない。

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こちらはベトナム語のアルファベット(クォックグー)。”a”の種類が多いことにすぐ気づくけど、よくよく見ると”F”、”J”、”W”が無い。

書けないのであれば先生に書いてもらおう

自由にノートを取れるようになるにはそれなりの語学レベルと慣れが必要であることが分かってもらえただろう。始めたばかりではまず手も足も出ない。それでも復習のためにもレッスンの記録は欲しい。ならば、自分で書くのではなく先生に書いてもらう方向で戦略を練ろう。

まず必要なのは「(〇〇は)どのように書きますか?」という質問文である。中国語なら「怎么写呢?」、ベトナム語なら「viết như thế nào?」だろう。それぞれの外国語でどうやって言うのかは最初のレッスンで聞いておこう。

教室形式の語学レッスンでは、基本的にホワイトボードが教室に備え付けてある。だが、ホワイトボードに書いてもらっては大変困る。ホワイトボードを書き写す時間が取れないこともあるし、レッスン中に突然消されてしまうかもしれない。そこで、私は毎回 A4の白紙を自分で用意してレッスン開始時に講師の先生に渡し、そこに分からなかった単語や表現などを書いてもらい、レッスン終了時に紙を返してもらっている(ただし、これはコロナ前の対面レッスンの時の話。オンラインレッスンについては別の記事に書こう)。

このやり方、最初のうちは先生も慣れないかもしれない。なので、私は協力してもらった分、どういう成果が出たのかを講師の先生にちゃんと見せるようにしている。どういうことかというと、返してもらったメモを元にノートをちゃんと整理し、次回のレッスンの冒頭に内容を確認してもらうのだ。こうすると、メモの使い道が可視化されるので大抵の講師の先生は納得するし、ノートの書き間違いもチェックしてもらえる。まさに一石二鳥だ。

自分でノートを書く時のコツ メモからノートへ

しかし、いつまでも講師の先生に頼りきりなのもよくない。自分でもノートを取る努力をする必要がある。

私がノートを取るときは、名付けて「二段階記録方式」を採用している。レッスン中はノート内の配置や構成を工夫する余裕もないし辞書を引く時間もない。なので、とりあえずメモ用のA4用紙を数枚用意して記録が必要だと思ったらとにかく走り書きするのだ

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これが実際にレッスン中に取ったメモ。とにかく聞こえてきたものを反射的に記録する。スピード勝負なのでよく見ると"拜拜"のように中国語で訳が書いてある部分もある。終わった後は必ず日付を書いてホチキスで一つにまとめておく。台湾語レッスンの3年間、ベトナム語レッスンの4年間のメモは全てバインダーに入れて保管してある。

このメモはもちろんノートではない。レッスンが終わった後にこのメモをノートに再構成するのである。ここで何よりも重要なのは、必ずレッスンがあった日のうちにノートにまとめること。走り書きのメモはすぐに何を書いたのか分からなくなるから、ノートだけは絶対に当日中にまとめる。これさえ守れれば、レッスン翌日から二日間くらいは語学を休んでもかまわない。

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こちらが同じ日のレッスンのノート。全体的に再構成してある。また、次回に質問したいことが見つかったら付箋に貼って目立つようにしておく。

ここまで読んでくださった方の中で現地調査系の研究者(言語学者など)がいたらすぐに気づくと思う。これはフィールド調査のやり方そのままなのだ。調査中のメモ自体は比較的スピーディーに作り、毎晩その記録を元に日付が変わろうと整理が終わるまでフィールドノートをまとめる。メモもノートも全て保管するのも同じだ。

ノートの取り方がうまくなると、復習が格段に楽になる。私はレッスン開始前の30分前に前回のノートをざっと見て復習をするが、ノートがしっかり取れている時は新しいレッスンもストレスなくすぐに集中できる。良いノート作りは良い語学学習の第一歩だと思う。