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Binh Ngo (2020)レビュー -アウトプットを導く文法書-

ベトナム語のような学習者が多くない言語では「あるある」なのだが、レベルが上がるほど教材探しに苦労する。日本で売られている教材の多くは入門〜初級レベルが中心で中級レベルに進むと選択肢が一気に少なくなってしまう。ましてや上級〜専門レベルだと日本語で書かれた本はほぼ無くなってしまう。私が今勉強しているベトナム語教材もベトナム語か英語で書かれたものばかりで普通の書店には売っておらず、ベトナム現地まで行って買うかAmazonで国外から注文するしかない。そのためコロナ禍で渡航ができない現状では、気になる語学書を見つけても入手できるかどうかは運次第となる。

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それでも国外の出版物まで目を光らせると優れた文法書やテキストをそれなりに見つけられる。その中でも2020年に出版されたBinh Ngoの"Vietnamese: An Essential Grammar"(Routlege)は今までには無かった非常に良質な文法書だ。学習者の視点からこの本の魅力を一言で表現するとしたら「アウトプット(話すこと/書くこと)を助けてくれる文法書」と言えるだろう。今回の記事ではアウトプットの観点からこの本の特徴を紹介しよう。

「類義語の違い」に詳しい文法書

外国語の勉強をスタートしたばかりの時は、とにかく色々な単語を覚えていきながら簡単な文を読んだりリスニングを鍛えるような「インプット」の練習が中心になる。この時期はとにかく反復して読んだり聞いたりしながら辞書をこまめに引くことで「構文や文型を適切に見分けられて、出てくる単語の意味を全て理解すること」が大切になる。

その後、語彙と構文の知識が増えてくると徐々に自分の意見を話したり書いたりしたくなってくる。しかしいざ自分の考えを外国語で表現しようとしても、インプットから得た知識だけだと的確な構文や単語が思いつかずにフリーズしてしまうことが珍しくない。仮にいくつかの表現を思いついたとしても「似ている表現や単語の中でどれを使えばいいのか?」が分からなくて詰まってしまうことも多い。

Binh Ngo (2020)の最大の強みは、このような「類似表現の使い方の違い」を丁寧に解説してくれる点だ。一例を以下に挙げてみよう。

複数表現:những vs. các
「〜し終える」:hết vs. xong
選択表現:hoặc là vs. hay là
名詞+疑問詞:N gì vs. N nào
逆接表現:nhưng vs. mà

これらは個々の単語レベルの比較だが、「呼称の種類と選択方法」のような多くの表現の中からの選択や「類別詞が必要な名詞と不要な名詞」「命令文の種類と選択方法」など構造・構文レベルでの選択も解説してある。筆者の長年のベトナム語教授経験が生きているためだろうか、これらの解説は私たち学習者が抱える疑問に実にうまく刺さる。

ベトナム語について知りたい情報が一冊の文法書にまとまっていると「何かベトナム語を書きたくなったら、とりあえず目を通しておこう」という参照点としての役割を果たせるようになる。これまではネット検索やgoogle翻訳を参照点として利用することが多かったのだがクオリティが必ずしも安定しているわけではないため、常に「間違いが含まれている可能性」を意識する必要があってなかなか不便だった。参照点として頼りになる文法書は非常に貴重だし、そのような本があること自体かなり幸運だとも言える。

例文量 > 解説量が持つパワー

「類似した表現の違いについて詳しく解説してくれる」というだけでもありがたいのだが、この本でさらに凄いのはとにかく例文が多い点だ。下の画像を見て欲しい。著作権の関係もあって本の内容を公開できないので、ベトナム語の例文パートを赤、英文の解説パートを青で塗りつぶしてみた。どう見てもベトナム語の例文の方が分量が多いのだ

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赤い箇所がベトナム語の例文パート、青い箇所が英文による解説パート

これだけ例文が多いと、自分の使いたい表現や構文でも具体例が必ず見つかる。この本全体が「英語による解説よりもベトナム語の例文で教える!」というスタイルなので、実は英語が苦手でもベトナム語の例文が読めるのなら内容をほぼ理解できてしまう。

このように、類義語の区別や使用方法の解説が豊富でしかも例文もたくさんあると「自分のアイデアをベトナム語で伝えたい!」というニーズに十分に応えてくれるだけではなく、「この構文を使って何か文を作ってみよう」という作文練習の意欲も上がる。まさしく「アウトプットのための文法書」と言っても過言ではない。

最後に注意点を一点挙げておく。この本のベトナム語例文には細かい語釈がないため、ある程度のベトナム語単語の蓄積が無いと例文の内容を理解するのにすごく苦労するだろう。最低でも中上級レベルに達していないと使いこなせないので「ベトナム語をある程度読めたり聞けたりするけど、自分の考えはなかなか伝えられない!」と感じるようになってから読み始めるのに向いているだろう。