30代からの語学2 教材の選択
今日も暑い一日だった。こんなに暑いと幼稚園児の娘もさすがに外で遊ぶ気が無くなるようで、お風呂をプール代わりにして水遊びをしたり、牛乳・卵・砂糖からアイスクリームを作ったりしている。夏休みの家庭には、日中に語学を勉強できる余地なんて全くない。これは仕方ない。
それでも今日は、午後にオンラインのベトナム語レッスンがある日だった。今回はフォーを作る話。ベトナムはさすが美食の国だけあって、料理の言葉がとても豊富。「肉(thịt)を切る」という表現だけでも、chặt thịt「大きな包丁で骨ごと切る」、 thái thịt「ゆっくり丁寧に切る」、gỡ thịt「手で骨から肉をむしる」、 băm thịt「ミンチにする」とたくさんある。学校の宿題として全部覚えないといけないのなら間違いなく悪夢だったけど、「以前ハノイで食べたアヒルの丸焼き(vịt quay)は chặt vịt quayだったんだな〜」とエピソードを思い出しながら覚えられるのだからとても楽しい。
オンラインレッスンをきっちり一時間済ませると、チャット欄に沢山の表現ストックが溜まっている。夕飯の支度をしないといけないので、とりあえずそのままにしておくけど娘が寝静まってからその日のうちに必ずノートに整理する。これがすごく大事。ノートを全てまとめて時計を見ると22:30過ぎ、日付が変わるまで研究のための文献講読をしてから就寝。明日の朝も娘の「おなかすいた」から一日が始まる。
さて、今回は新しく語学を始める時の教材を取り上げてみよう。
新しく語学を始める時の教材は?
どんなきっかけでもいいので「なにか語学でもやってみるか〜」という気持ちになった時、いきなり面倒臭く感じるのは教材の選択である。書店の語学コーナーに行くと、「〇〇語入門/初級」という本がマイナーな言語でも数冊、メジャーな言語になると十数冊も売っている。「コロナ禍で外出はちょっと...」となるとインターネットの書店で中身を開かずに教材を選ばないといけない。その外国語のことも全然知らないのに、自分に合った一冊なんて見つけられない...と思う方が自然である。
外国語を教えることを生業にしている私にとっても、「その人に一番合っている入門書」を絶対見つけられる法則は残念ながら持ち合わせていない。今までの外国語学習を振り返ってみても、最初の一冊を選ぶのには苦労してきたし教材選択がうまくいかなかった外国語もある。それでも、30代の忙しい人にも使いやすい入門書を選ぶコツはある気がするのでまとめてみよう。
①旅行をテーマにしている本はレベルが易し(優し)め
入門書はテーマが多種多様だが「海外旅行などで気軽に使うことをイメージした本」と「その言語の文法体系をしっかり把握することを狙った本」の2種類に大別できる。前者はカラフルな写真があったり面白いコラムもあってとても読みやすいが解説内容に物足りなさを感じる時もある。一方、後者は単純に内容が難しく勉強時間が確保できない人にはなかなか勧められない(本を開いただけで疲れてしまうことも)。言語学を専門としている身としては最初から言語体系をしっかり把握できるような本こそが王道なのだが、内容が難しくて諦めてしまっては元も子もない。
ということで、最初の一冊は比較的簡単そうな本から始める方が良いと思っている。内容が多少物足りなくても、諦めずに続けていれば他の機会に補足できるチャンスが必ず来る。それに、簡単な本でも一冊やり抜けたらすごく自信になる。「多忙な30代からでも新しいことを勉強してテキストを一冊やり抜けた」という経験が生み出す自己肯定感はなかなか馬鹿にできない。ならば、簡単な本をやり切る方が圧倒的に楽だ。
②それでも、音声が利用できる教材を選ぼう。
30代からの語学は内容が易しい入門書から始めた方がいいと思うが、音声教材だけは絶対に欠かしてはいけない。個人的な意見だが、音声の無いテキストは語学の入門書というよりは「外国の言葉が挟み込まれた日本語の読み物」だと思っている。音声教材はただなんとなく聞いているだけでも、日本では聞く機会があまりない「異国情緒のある音」を運んできてくれるし、自宅の雰囲気も変えてくれる(KALDIあたりでご当地の食材や飲み物を用意しておくとなお良し)。
音声教材で連想するのは発音の練習である。語学教育を専門にしている先生方は初期段階での発音練習の重要性を強調することが多く、私自身も大学で中国語を教える時は発音にひたすら時間を割く。でも、仕事をしながら新しい語学を始める時は基本的に独学だと思うので、最初のうちは発音にそこまで神経質にならなくてもいい。「この発音で合っているのかな...」と一人で不安になっていても全く楽しくないし、正誤を判断してくれる人はまだいない。後の記事では30代からの語学学習として個別レッスンを利用することをオススメするが、発音はその時に改めて確認してもらった方がはるかに効率が良い。繰り返しになるが、諦めずに続けていれば、発音も文法も他の機会に補足できるチャンスが必ず来る。だから気にしすぎなくていい。
③もし可能であれば入門の教材を二冊買おう。
勉強を始める最初の段階で、少しお金をかけてもいいと思う人は入門書を二冊買ってみよう。その時は先ほど説明した「海外旅行などで気軽に使うことをイメージした本」と「その言語の文法体系をしっかり把握することを狙った本」を一冊ずつ買うのがいい。
私もベトナム語学習はこの「二冊スタイル」で始めた。利用した二冊の教科書は五味政信先生の『ベトナム語初級レッスン<1>』(スリーエーネットワーク)と清水政明先生の『ベトナム語(世界の言語シリーズ4)』(大阪大学出版会)。
五味先生の本は「海外旅行で使うことをイメージしながら、適切な例文と文法解説がある万人に理想的な初級テキスト」。ただ、発音が少し物足りない気がする。一方、清水先生の本は「研究や仕事でベトナム社会と接する際に失礼のない正しいベトナム語を話せるようになることを意識した本格的なテキスト」。発音の解説も非常に詳しくとても参考になるけれど、最初のスキットからかなり難しく独学の初心者ではちょっと手が出ない。
この二冊、上手く補いあえそうなので両方とも買って「清水先生の本の発音練習 → 五味先生の会話スキットと文法解説 → 清水先生の会話スキット」という順番で始めてみた。全部終わるのに一年間くらいかかったけれど、しっかり基礎がついたおかげでその後の学習がかなり楽になった。
二冊合わせて六千円以上かかってしまうけど、Switchの新作ゲームを買うのを一回我慢すれば買える値段と考えれば、そんなに特別な負担ではないと感じられる...かも。
④ネットで公開されている無料の教材はアリ?
外国語の教材にはコロナ禍よりもずっと前からネット上で公開されているものがある。代表的なのは東京外国語大学の言語モジュール。強みは日本語も含めると 27言語もの教材があってしかも無料。「お金もかからないし、最初の教材はこちらでもいいのでは...?」と考えるのは全く自然だと思う。
教材の向き不向きは人によって全く違うので、言語モジュールに向いている人もきっといる(はず)。だけど、自分自身の経験を振り返ると言語モジュールを最初の教材として選択肢に入れたことはない。その理由はざっと考えて3つ。
①タダだと身を入れて勉強しなくなる。お金を払った方が「投資した分取り返さなくては」とやる気が出てくる。
②仕事がオンライン中心なので夜もモニターを通して勉強するのが体力的にしんどい。加えて、ペンで書き込みができないのでどうも頭に入らない。
③モジュールの教材内容がどういう構成なのかがすぐには分からないので、知りたい情報にたどり着くまでに時間がかかったり、下手をするとたどり着けない。
言語モジュールを実際に使ってみて「どうも合わない」と感じた人は書籍のテキストもぜひ試してみよう。相性の良いテキストが見つかる可能性は高いので、ぜひ諦めないでほしい。