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30代からの語学9 台湾語レッスン体験記

私の妻は、私よりも中国語が遥かにうまい。私は学部の頃に一年間しか中国に留学しなかったけど妻は学部と大学院で合わせて二年半留学していたというのも一因ではあるが、それ以上に私は広東語や上海語などの方言を勉強するほうが好きで、標準語(普通話)を極める方向には情熱が向かなかったことが原因としては大きい。

そんな性格なので、私が30代から始めた最初の言語も台湾語(台湾で使われる閩南語)だった。その時通ったレッスンはまだ結婚前だった妻も巻き込んでなかなか楽しい経験だった。語学レッスンの一事例として、その時のことを振り返ってみよう。

「来週から台湾語のレッスンに行くから、一緒に」

2014年、西の港町の大学に就職して半年ほど経ってから台湾語の独学を始めた。まだ独身で比較的時間があったのでテキストを一ヶ月集中的に勉強したらすぐに台湾語のレッスンを探した。テキストは白水社のニューエクスプレス台湾語。オーソッドクスで使いやすい会話スタイル。

台湾語や広東語のような、いわゆる「漢語方言」のレッスンを探す時はまず普通の中国語スクールを検索する。講師の先生の中に台湾出身の方がいると、標準語に加えて台湾語にも対応してくれることがあるからだ。ということで、港町の隣の大都市に台湾語も対応してくれる中国語教室を見つけたので無料のお試しレッスンを予約。マンツーマンレッスンの他に講師:生徒=1:2の「セミプライベートレッスン」というのがあって、こちらは一人当たりの単価がかなり安い。ということで、まだ結婚前だった妻に言ったのが冒頭の一言だった。

妻は当初は「お、おぅ...」という微妙な反応だったが、いざ始まると楽しんでくれてその後結婚して娘が生まれるまでの三年間レッスンを一緒に続けてくれた。

テキスト内容と先生の話し方がなんか違うぞ...

台湾語レッスンで担当してくれたのは台北出身の先生だった。私も妻も中国語標準語(普通話)は話せるので解説は全て標準語で行うという、なんとも一石二鳥なレッスンが始まった。

事前にレッスンでもニューエクスプレスを使ってもらうようにお願いしたのだが、いざ始めてみると今まで勉強したテキストと先生の話し方が違うことにすぐに気づいた。まず先生の発音する母音がテキスト付属のCDにあった教材音声と明らかに違う。それに声調も教材音声とは微妙に違う。なんだこれ?

これは「同じ〇〇語と言っても、テキストが想定している地域とレッスンの先生の出身地が一致しなかった」のであり語学レッスンに参加するとかなりの高確率で出くわす。テキストと違うことに気づくとどうしても戸惑ってしまうのだが、このギャップを正確に把握して修正するのはその言語の方言分布や地域変異の特徴を専門的( 言語学的)に理解する必要がある。しかし、そんなことは言語学者でも馴染みのない言語では簡単にはできない。だから、あまり深いことを考えずに講師の先生の発音や言葉の使い方を真似することを優先するのが吉だ。私も母語話者の使う言葉こそが「生の言葉」だと思っているので、そのまま真似するようにしている。

セミプライベートレッスンの思わぬ利点

妻も巻き込んだセミプライベートレッスンという形式はもちろん初めてだったが思わぬ利点に気づいた。ノートがすごく取りやすいのだ。

前回の記事でも扱ったが、マンツーマンレッスンではノートを取ることがすごく難しい。ノートを取る間は会話が止まってしまうので、講師の先生からどんどん質問が来るような状況ではノートを取る余裕がない。そのため、学習記録がなかなか残しにくいという欠点がある。

しかし台湾語レッスンではセミプライベート形式だったので、会話中でも一人は待機できる状況だった。もちろん待機時間はノートテイキングに使える。しかも、二人分のノートが出来上がるのでどちらかが書き落としてしまった情報ももう一人が書き残しているかもしれない。

そこで二人のノートをDropboxに共有することにした。

こちらは私のノート。

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こちらは同じ日の妻のノート

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お分かりいただけただろうか。そう、妻のノートがあれば十分だったのだ。

妻は中国語が私よりもうまいだけではなく、方言調査(フィールドワーク)の経験が豊富だ。しかし、そんな経験の差以上に同じインプットから書き取れた情報量が全然違う。はっきり言ってしまうと、妻の方が明らかに耳と記憶力が良いのである。私にとってみれば、自分一人で失われる情報をうまくカバーしてくれているので大変ありがたい。巻き込んでおいてよかった。

台湾語の辞書の話

結局、台湾語レッスンは娘が生まれるまでの三年間続いた。これだけ長く続くとレッスン内容も高度になるためノートを作る時にちゃんとした辞書が必要となる。しかし、東京の中国語書籍専門店を探しても適した台湾語の辞書をなかなか見つけられなかった。

この問題を解決したのは、台湾の行政機関である教育部(日本の文科省に相当)が作った「台灣閩南語常用詞辭典」というオンライン辞典だった。手元にあったどの紙の辞書よりも詳しくて検索も的確なのに、なんと無料。ただし、説明を理解したり検索を使いこなすためには中国語の理解が必須だ。

良質な語学学習のためには良質な辞書は絶対に欠かせない。一昔前と比べると辞書の選択肢は飛躍的に広がった分、色々な学習スタイルに対応できるようになった。最近ではオンライン辞書だけではなく語学アプリもすごいスピードで増えており、コロナ禍でも学習環境は大きく進化している。